吉原の大門の中は花盛り。
染井吉野。華やかに咲き、華やかに散る。
束の間の春を咲き誇る、葉一枚ない爛漫の花。淡い紅色に覆われた春。
切見世に座った女郎に、舞い散る花弁が降りかかる。
目の前に立ち止まった客が、
お前さん、桜みてぇだ
と呟いた。
枕を重ねる。花が熱く、熱くなる。桜色に染まる。
わっちの故郷は桜が多くてねぇ……
たあいもない寝物語。
悪所の桜も綺麗じゃねぇか。中でも、お前さんは格別だぜ
するとぷぃ、と女郎は横を向いた。
わっちぁ、実のならねぇ桜は嫌いだよ――
まわりがすっかり葉桜になった頃。
女郎の横には、桜が生けてあった。
鮮やかな緑の小さな葉に彩られた、白い、大輪の桜。重そうな花のあいだから、幾つかの桜桃が下がっている。
来合わせた先の客に向かって、にこ、と笑う。
……故郷の桜だよ
白い指が、一番に赤く熟れた桜桃を摘み、口へ運ぶ。
そのままそっと唇を重ねた。
ゆっくりと絡む、舌。桜桃の、甘いえぐみがじんわりと口中に広がる。真っ赤に熟れた、血のような――。
唇の端に残った赤い残骸を懐紙でぬぐい、客に渡す。
これはわっちでありんすよ
……美味かったよ、
と客。
ふわり、と微笑が女郎の顔に広がった。いつもとは違う、媚の無い、花のような微笑み。
客の袖を引こうとした手が、ふと止まって膝に戻る。
またおこしなんし
――ああ、また来る
次の桜の季節。
その女郎はいなかった。
年季の明ける年齢じゃあないから、死んでしまったか、落籍されたか。
実のならない徒花、ぱっと開いて、ぱっと散る。
おおかたの客の方にも実はない。
『間夫がいなけりゃあ、女郎は闇さ』
芝居の台詞を思い出す。
いいじゃねぇかよぅ、徒花だって
客はぽそりと呟いた。
だってこんなに綺麗じゃねぇか。忘れられねぇほど、綺麗じゃねぇか
三味線の音色が流れる、花の海。今ひとときの浄土――。