元和2年4月20日 伊達政宗書状

わざわざの使者、祝着に申し候。よりて、相国様今月17日午刻に御他界にて候。すなわち明神に祝い申すべきのよし、ご遺言のよしに候。ご死骸は、まずまず駿河の久能と申すところに御座なさるの旨に候。以来は日光山に御寺ご建立候て、移りまいらすべくに候。公方様今明日中こなたへ還御にてこれあるべく候。やがてそこもとへ下向なすべく候。万々面に申すべく候。恐々謹言。
返す返す、節々のご音信、満足せしめ候。今度蝋燭200挺、喜びいり存じ候。以上。
(元和二年)卯月廿日 政宗(花押)
  伊達安房守殿


わざわざの使者、祝着に思う。相国様が今月17にの昼にご他界された。明神に祭れとのご遺言であったそうな。御遺体はまずは駿河の久能というところに安置するそうだ。その後日光山に御寺をご建立になて、移り参らせることになっている。公方様は今日明日にお帰りになる。私も近々仙台へ下向するつもりだ。さまざまなことは直接あってお話しよう。恐々謹言。
返す返す、何かにつけての便りを満足に思う。今度の蝋燭200挺、喜んでいる。以上。

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