元和8年8月21日 伊達政宗書状

急度自筆をもって啓せしめ候。今日21日、御城より仰せ出され最上源五郎事、親駿河、若輩より江戸へ御奉公にまかり出候者の義に候間、不便に思し召され、この中家中に申し分ども候えども、ぜひ源五郎手前を守り申すようにと、両2-3度まで仰せ出され候。しかりといえども家中の者ども、源五郎手前守り申すこととおらずに申し払い候。このごときの上は、御意をもって、最上のお仕置き仰せつけらるべく、本多上州、永井右近を上使となし、近日あい下らせるべきのよし、仰せ出され候。これにより、人数3000のお積り仰せつけられ候。御大義ながら、名代としてお越し頼り存じ候。恐々謹言。
御手前馬歩ともに、都合600の積りお連れあるべく候。なお、あとより大条薩摩をもって申すべく候。ご用意として。まずこのごとくに候。以上。
   申刻
(元和8年)8月21日 政宗 花押
伊達房州 御宿所

以下、参考関連文書

伊達政宗文書2335 石母田大膳亮宗頼ほか4名宛書状

急度申し遣わし候。さて今日21日、御城より仰せ出さる様子は、最上家中にこの中種々申し分ども候。しかりといえども源五郎親駿河、若輩より江戸へ御奉公にまかり出候御首尾を思し召され、家中の者ども、源五郎手前を是非ともあい守り申すべきの旨、たびたび仰せ出され候えども、家中の者ども一同に通らず、申し払うについて、このごときの上は、上意によりてお仕置き仰せ出されるべきのよし候て、近日上使として本多上野殿・、永井右近殿をあい下らす事に候。これにより、手前より人数3000の積り最上へ立ち越すべきのよし、上意に候。安房守殿・安芸守殿両人を名代として指し越し申すべく候。そのほか人数までを遣わすべき衆、このごとく書き立て、人数用意急度申しつくべく候。手前より300人の鉄砲衆、いずれにても奉行のにわかなる組を申しつくべく候。右鉄砲衆の指し引きには、奥山大学まかり越すべく候。なお一両日中に大条薩摩あい下すべく候。そのときつぶさに申し越すべく候。謹言。
また申し遣わし候。この書状伊達安芸守殿へ早々あい届くべく候。以上。
追って、片倉小十郎事は、在所今度御人数路次通の義に候あいだ、人数積りこのごとくに候。以上。
(元和8年)8月21日 政宗 花押
  石母田大膳亮殿
  茂庭了庵
  同周防守殿
  山岡志摩守殿
  奥山大学殿

伊達政宗文書2337 伊達安芸守定宗宛書状写

急度飛脚をもって申し候。さて公方様より仰せ出さる様子は、最上家中に種々難しき申し分ども候。しかりといえども最上駿河事、若輩より江戸にあい詰め御奉公につかまつり候。その子供の義に候間、ただいまの源五郎事不便に思し召さるについて、源五郎手前是非とも守り申すべきのよし、両3度まで仰せ出され候えども、家中の者ども、残らずとおらずに申し払うについて、このごときの上は、上意によりてお仕置き等仰せつけらるべく、本多上州、永井右近、今明日中にまかり立つ義に候。最上へ9月8日に三着あるべきのよしに候。これにより手前より人数3000の積り、立ち越し申すべきのよし、上意に候。安房守殿・其方、名代として遣わし申すべく候。御手前人数馬歩ともに、都合600の積り御用意候て、最上へ右の上州・右近殿指図次第に打ち越されるべく候。万事房州にご相談、もっともに候。なお、追って大条薩摩守あい下し候間、そのとき申し宣ぶべく候。恐々謹言。
(元和8年)8月21日 正宗 御判
伊達安芸守殿

伊達政宗文書2338片倉小十郎重綱宛書状

急度申し遣わし候。今度21日、御城より仰せ出さる様子は、最上家中にこの中難しき申し分ども候。しかりといえども最上駿河、若輩より江戸に詰め置き、御奉公申し上げ候き。右の御首尾思し召され、最上源五郎手前を、家中の者ども、是非守り申すべきの旨、たびたび仰せ出され候えども、各通らず申し払い候。この上は、上意によりてお仕置き仰せ出されるべきのよし候て、近日上使として本多上野殿・、永井右近殿をあい下らす事に候。これにより、手前より人数3000の積り最上へ立ち越すべきのよし、上意に候。安房守殿・安芸守殿両人を名代として指し越し申すべく候。そのほか人数までを遣わすべき衆、このごとく書き立て、人数用意急度申しつくべく候。手前より300人の鉄砲衆、いずれにても奉行のにわかなる組を申しつくべく候。右鉄砲衆の指し引きには、奥山大学まかり越すべく候。なお一両日中に大条薩摩あい下すべく候。そのときつぶさに申し越すべく候。謹言。
また申し遣わし候。この書状伊達安芸守殿へ早々あい届くべく候。以上。
追って、片倉小十郎事は、在所今度御人数路次通の義に候あいだ、人数積りこのごとくに候。以上。
(元和8年)8月21日 政宗 花押

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