寛永2年8月27日 伊達政宗書状

初の黒鶴あい上らせられ候、ただ今巳の刻参着候。つねづね念を入らせられ候ゆえ、この如くに候。即ち、将軍様へ進上申し候。今ほど龍ケ崎へ御暇申し参り、初めてかの地を見申し候。これへ参る時分、大御所様より、路次中当所にても遣わし、慰め候えと御諚にて、見事の御巣鷹2居拝領、仕合せ共に候。恐々謹言。
なおなお、たびたびの菱喰、今度の鶴、珍重満足に候。以上。
(寛永2年)8月27日  政宗 御書判
伊 安房守殿

初の黒鶴をお送りいただいたのが、ただ今巳の刻到着した。つねづね心を払っておられるからだな。すぐに将軍(家光)様へ進上した。このあいだ龍ケ崎へ行く暇を貰い、初めてかの地を見た。ここへ参るときに大御所(秀忠)様より、道中や龍ケ崎で鷹狩でもして楽しまれよと、見事なオスタカを2羽拝領した。仕合せなことだ。恐々謹言。
なおなお、たびたびの菱喰といい、今度の鶴といい、珍重満足している。以上。

※龍ケ崎は伊達領常陸1万石の内。政宗の江戸賄い領

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