寛永中9月10日伊達政宗書状

日本の神も御照覧、これより申すべしと存じ候ところに、鮭の魚とめ下に集まり候よし、申すについて、俄かに打ち出で申す間、取り紛れ、延引申し候。民太(石川宗敬)・武州(伊達宗利)・左太(伊達左衛門太輔宗実)同心申し候間、内々同道申したく存じ候えども、草気ゆえ、結句むつかしきも思召すべしと、その義なく候。恐々謹言。

早々明日亘理へお越し、しかるべく候。正意こと、安事に候。御連れもっともに候。治部こと、懇ろに承り候。我ら上り前、今少しにて候間、来春お呼びしかるべく候。返す返す、我ら留守にはさびしくも存ずべく候間、来年になさるべく候。はたまた、今日の鮭七つ進じ候。以上、65取り申し候。方々へ遣わし候ゆえ、このごとくに候。以上。

9月10日  政宗(花押)

(捻封ウワ書)

伊房州 御宿所    政宗

※ 「我ら上り前、今少しにて候間、来春お呼びしかるべく候。返す返す、我ら留守にはさびしくも存ずべく候間、来年になさるべく候」は宗実の亘理移り初めか(武水註)

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