天正18年10月3日 伊達政宗書状

幸便の条申し述べ候。今朝浅弾より書札このごとく承り候。とかく会津に遣わす案内者候て、種々よきように申し候と相見え候間、そこもとにおいても白河案内者、二・塩案内者、年も寄り候人を尋ね出され、大森に浅弾御登りの時分、具に申し分候様、かねてその心得千言万句に候。根人さへたしかに申し分の義候はば、時宜相すむべきよし存じ事に候。諷々如何様に候ても、今般事すみ候様、念望までに事に候。草動き申すべく候。また、浅弾よりも文、忠三郎殿下の衆より弾正殿への両通とも、これを進じ候。御披見の後、返しこれあるべく候。恐々謹言。

追啓。重ねて御到来申し候間は、如何様に候ても其御地に御こたえ候べく候。以上。

10月3日 政宗 御書判

五郎殿

治家記録掲載 趣意文

今朝、弾正小弼殿より書札を以てこの如くに承る。兎角会津には案内者有て、種々能様に申成すと相見えたり。其許に於いても白川案内者、二本松・塩末案内者に年も老いたる人を尋出され、大森へ弾正小弼殿御登りの時分、具に申分くる様に、兼日其心得千言万句なり。根人さへ慥かに申分くる義有らば、時宜相済むべしと思召さる。扨々何様成りとも致し、今般事済む様に御念望なり。又弾正小弼殿書状、蒲生忠三郎殿家来より弾正小弼殿への書状両通、共に差し遣わさる。披見し相返さるべし。且つ又重ねて中心したまうまでは、如何様にも其地に堪忍し、罷り在らるべき旨著さる。

※「根人」=事情に通じた人、経験を積んだ人の意。

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