天正14年12月15日 伊達政宗書状

その後無音、御心もとなく候。さてさて二(二本松)普請、ここに今最中のよし、上下の大儀、察しめ候。よりて近日田(田村)衆中より理には、当方へ用の所候て、相馬よりは新左(新館左衛門)、田よりは橋刑(橋本刑部)、中途までまかり出ずべく候よし、内意候つ。両家よりの理には、これより片倉小十郎相出るべしのよし承り候間、若輩といい、遠慮多く候えども、理にまかせいだし申し候。あわせて如何様の始末に候とも、塩味をもって、これより挨拶に及ぶべく存じ候条、御心やすかるべく候。内々承る分は、5-6家当方へ入魂の儀取級らべく之為、出合い候よし申し来たり候。不入の事に候えども、申し越し候。また佐竹よりは、去る24日直々に飛脚相越され候つ。此の如く申し上げ、是非に及ばず存じ候て、懇ろにおよび答え候つ。惣和成就の砌、元御両人御談合候首尾も候条、これを以て申し越し候。恐々謹言。

追啓。亘理より、近日祝言のよし、承り候。目出度く存じ候。

極月15日 政宗 御書判

栖安

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