同人訳 史料 伊達政宗の恋 片倉重綱

肖像

片倉重綱
挿絵:逆井洋美様

略歴

片倉重綱。小十郎、伊豆。
政宗の近臣・片倉景綱の嫡男。大坂夏の陣で功あり、鬼の小十郎と異名を取る。
烏帽子親は伊達成実。

史料原文読み下し

江戸御老中より摂州大坂御陣触の奉書、公へ昨7日、申し来るの段、当城下仙台への往還なるゆえ、重綱これを聞き、とりあえず仙台へ上府す。父景綱当病指重り、此度の御供あい叶わず、重綱は内々戦場御先鋒望みこれあるによって参着し、即登城するところに、公奥方へ入らせらるるみぎりゆえ、御廊下まで慕い奉り、此度御出陣大坂において、御先鋒拙者に仰せ付けられたきむね、直に願い奉る。公、すなわち御座へ着せられ、重綱手を御引き寄せ、頬へ御口をつけなされ、そのほうに御先鋒仰せ付けられず候て、誰に仰せ付けられるべきやと、御意ありて御感涙あそばれしなり。重綱感涙して、年若の身分ながら、是非とも願い奉るところに、早速御許容なされくださる、誠にもって重畳ありがたき仕合せの段、謹んで申し上げ、退出するなり。

片倉代々記 二代重綱譜 慶長19年10月8日条

同人訳

江戸の御老中より、大坂の陣触の奉書が、政宗公へ昨7日到来した。この白石城下は仙台への道筋にあたる。重綱はこれを聞きつけ、急いで仙台へ上った。父の景綱は病気で指が動かず、このたびの御供はかなわない。重綱は内々、戦で先鋒を望んでいたので、仙台に着いてすぐ登城した。すると、政宗公はちょうど奥方へ入ろうとしているところであったので、廊下まで追いかけ、
「このたびの御出陣、大坂の御先鋒は拙者に仰せ付け下され」
と直にお願いを申し上げた。政宗公は席にお戻りになり、重綱の手を取って引き寄せ、頬に口付けをなされ、
「そなたに先鋒を申し付けずして、誰にするものか」
と涙された。重綱も感涙して、
「若輩ながら是非とも、とお願い申し上げたのを、早速お許しくださり、誠に――誠にありがたき仕合せ」
と申し上げて退出した。

解説

「是非先鋒を!」
と、伏して願う重綱の手をとって引き寄せ、キスをする政宗。
「そなたに先鋒を申し付けずして、誰にするものか」
このセリフはきっと耳元に甘くささやいたのだと、妄想してみる。

このシーン、「老翁聞書」ではさらに生々しく、
「重綱公を御引き寄せなされ、頬へ御喰いつきなされ、その身に先鋒仰せ付けられずは、誰に仰せ付けられ候や御諚にて、御落涙なされ候」
となっている。

先鋒といえば武士の誉れ。主君と衆道関係にある(あった)ものにとって、このやりとりは文中にあるように、まさに感涙モノなのだ。
ちなみにこのとき、重綱30歳。このトシでこれかぁ、とついうなってしまう。

片倉家の正史である「片倉代々記」、片倉家中の著である「老翁聞書」がともに誇らしげに綴っているのも、注目に値するであろう。
それにしてもオープンな……。

なお、片倉重綱と、小早川秀秋・政宗のエピソードは別に紹介する予定。

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