修羅の遠近(おちこち)

片倉小十郎重綱が亘理を訪れたのは、伊達政宗の葬儀が済んで一旬の日を経た時であった。
新藩主忠宗の継目の御礼がまもなく予定されていたが、その際主だった臣も召し連れるよう幕閣の指示があり、そのうち角田の石川民部宗昭と亘理の伊達安房成実への報せを小十郎が請負った。
居城・白石へ向かう道すがら、ということもあるが、実のところ小十郎が自身希望したのだ。
夏の日が照りつける阿武隈の渡しを越えて亘理領に入ると、家老の常盤が迎えに来ていた。
「お出迎えいたみいる」
「とののところにご案内仕ります」
にこやかに常盤が向かったのは、城ではなく、今渡った大河の河口だった。
「この酷暑に巡検ですか」
「はい、」
と、常盤が汗を拭いた。
「ご無理をなさらぬよう、我らも申し上げるのですが」
うなづきながら、小十郎も我が身を省みる。必死に働いている間は、偉大な主が世を去った心許なさを忘れていられる。いや、何かをしていなければ、押しつぶされそうな気分すらしてくる。
安房成実は、政宗よりも一つ年少の従兄弟、政宗と共に年を重ねてきた盟友ともいうべき猛将である。
父景綱は成実の勇武にあやかれかしと、小十郎の烏帽子親に頼んだ。今思えばよく引き受けてくれたものだが、その縁もあってか成実は小十郎をよく可愛がってくれた。
ことさらに用を作って訪ねようとしたのは、盟友を失ったこの老人が心配になったからなのだが、親とも頼むこの人に会えば、自分が抱えている所在なさが癒されるのではないかと、どこか甘えた気持ちがあることに気づいて小十郎は苦笑した。

供を松林に留め置き、荒浜の汀に、単騎駒をとめて成実は立っていた。
その背は遠目にも、人を寄せつけぬ風を漂わせていて、近づいてよいものかとまどいを覚えた。
馬を降り、常盤に奏を頼むと、かれは静かに首を振った。
「片倉さまなら、直にお話をいただいたほうがようござりましょう」
成実の小姓である前田図書が、代わって小十郎を成実の立つ汀へ案内した。
図書と小十郎が足を止めた時、白髪を海風になぶらせ、成実は木曳堀の浚渫作業を見ているようだった。
その姿が夏空の青と海の碧に溶けて消えてしまいそうに見えて、
「――安房さま」
思わず声をかけた。
振り向いたその顔は、思ったよりも明るくて、重綱は安堵した。図書が会釈して松林に戻ってゆく。
「――どうした」
小十郎をみとめた成実に問われ、用件よりも気持ちがつい口をついて出た。
「気落ちされてはおられぬかと」 
「心配したのか」
くすりと成実が笑った。
「あいにくとな――。つれなき命とは思うが、近頃死ぬのが恐ろしゅうなった」
成実がまた海を見る。
「若い頃はいくさで今日を最期と思うことは少しも恐ろしくはなかったが、無為に死ぬのは恐ろしいな」
小十郎は悲しくなった。
「無為などと」
成実は製塩の業を興し、新田を拓き、町を整えた。それをこの方は無為という。家中の手本を実践してきたこの方が。 
そんな小十郎に気づいたのだろう、ああそうではないのだ、と成実がおだやかに手をふった。
「死に場所を選べぬのは何とも心もとないことだ。まことにお屋形さまがうらやましい。江戸を相手の最後の大戦、見事に成してお隠れになった」
「戦、ですか」
死病をおして上府したことを、成実はそう表現した。途中、日光にも参拝したこともつたわっている。
「おう、大芝居と云ってもよいか。小田原では死装束であったが、このたびはご自分のお命を。まことにうらやましい」
確かに、将軍御成までの政宗は、余命いくばくもない衰えた身体と裏腹に鬼気迫る気迫に満ちていて、戦というにふさわしかった。危篤の報を聞いて馳せ参じた小十郎が気圧されるほどに。
「で、何用だ。ただ年寄りの見舞いに来るほど暇な小十郎ではあるまい」
成実にうながされ、小十郎は書状を捧げた。
「はなはだご足労ながら、江戸上府の上、継目の御礼に供奉なされますよう」
「委細、承った」
快諾した成実は、文を一読して、そうそうたる顔ぶれだ、と愉快そうに笑ってみせ、ご奉公初めだとつぶやいた。成実はおそらく近年まで、二君に仕えようとは思ってもいなかったろう。しばらくの間、文を手にしたまま黙って木曳堀を、いや仙台の方を見遣っていた。

「そういえばお屋形さまは、」
と不意に成実が云った。
「道中白石にお寄りになったそうだな」
抑制の効いた声音の中に、羨ましさがにじんで、小十郎はただ、はい、と応えた。
白石に立ち寄った政宗は、すでにわずかしか食事を取れなくなっていた。
近日まで讒によって謹慎していた小十郎は、御前へ出ることを遠慮し、出立を町外れで見送っていた。そこに、駕籠がとまり、政宗はこう云ったのだ。

 
明日にも天下に御大事出来り、御先駆け承って向かうほどならば、その方に先を蹴散らさせ、成実に一方の団扇取らせ、三人心を合するほどならば、時ならぬ花を咲かせんと思ふなり。

そう話すと、
「まこと、そのように仰せか」
目を見開いた成実が、大きく震えた。
「わしを、一方を頼む大将と思うてくださるるか」
嗚呼、お泣きになる、と思わず目をそらした。涙を見るのは礼を失すると思ったのだ。
が、成実は晴れやかに笑っていた。高らかに、嬉しそうに。
海に向かって、とのや、との、と語りかける。若き日帷幕でそうしたであろうように。
 
在りし日の父景綱が、
成実がいるといないとでは、軍の勢いが違うのだ、と語っていた。
さもありなん、今ここで語る成実の姿を見るだけで、かつての仙道を見るようだ。
鴎の群れや風の音、はては波頭までも戦に見ゆる、聞ゆる。
「不思議です、片倉さま」
いつの間にか、前田図書がすぐ横に控えていた。
「何がだ」
「とのは戦のない世を喜んでおられます。惣無事ほどよいものはない、と」
けれども、成実は戦を懐かしむ。いや、成実だけでない。戦の世を生き抜いてきた老武者たちの多くが、そう云うのだ。
「……修羅道よの」
小十郎は成実を見たまま、そうつぶやいた。
  能に、勝修羅、負修羅という。
昔、政宗が存命の頃だ。若林の城で能があり、「実盛」が出た。
――六十に余り戦せば、
のくだりで、圧し殺した嗚咽が聞こえた。政宗と成実だった。涙を懐紙で拭くことも忘れて、ひたすら膝を濡らす。
思うに、勝ち負けではないのだーー戦の妄執というのは。
「私はうらやましうございます」
意外な図書の言葉に、覚えず振り向くと、思いつめた顔がそこにあった。
「戦などよいものではないぞ。人を喰う、金を喰う、時を喰う」 
それらを賄うために、白石の年貢は重いことで名高い。
でも、と図書は喰い下がる。
「片倉さまは戦をともになされたではありませんか」
「わずか二度だ。お屋形様や安房さまの比ではない」
では成実のごとき修羅の妄執が小十郎にないのか、といえば確とはいえぬ。
白石に立ち寄った政宗は、小十郎のことを「伊達家の飾り」と褒めてくれた。大坂で示した、武勇という飾り。飾りゆえに伊達家が一目置かれるのであれば、しかと磨きをかけねばと思う。見るものが戦意を失うほどに。
政宗や成実がしてきたことだ。
ゆえに――、
「うらやましいのはこちらの方だ」
つい、本音を吐いた。
え、と図書が小十郎を見る。
「おぬしは、安房様の二世の供をするつもりだろう」
「勿論です」
図書が即答した。成実の年齢を思えば、その時を意識するのは当然だろう。
死に場所を此所と定めて生きる清しさを、この男は持っているではないか。
ふん、と図書を一瞥して小十郎はまた成実に向かった。
江戸までの道中は仙台藩の威儀を示すため、駕籠ではなく馬上の予定だ。炎天の旅は老いた身体に堪えるのではないかと思う。
「安房さま――」
白石にもどる暇の辞を述べたが、今度は成実はふりかえらなかった。
応、とこたえる声が、ざわめく潮鳴りの間に下知の声のように聞こえた。

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