下世話な話でもりあがったあと、それぞれの陣所へ戻るわずかの時間の道連れに、左馬助が声をかけてきた。
「孫兵衛、今日は新六は?」
新六は孫兵衛のお気に入りの小姓だ。よく供に連れてゆくので左馬助も知っている。
「あやつは風邪をひいてな」
夜風が吹いた。
「季節の変わり目だからなぁ」
酒で冷えぬうちに戻って我らも気をつけねば、と空を見上げると、天頂に淡く天の川が流れていた。
「孫兵衛のところに邪魔をしていいか」
「おう、手談ならいつでも」
酒の続きと囲碁かと思って応じると、左馬助は肩をすくめた。
「たまっているんだよ」
孫兵衛は思わず足を止めて左馬助を見た。肩をすくめた左馬助の横で、左馬助の供連れが申し訳なさそうに苦笑している。
「お屋形さまのお相手をするようになってから、なかなか誰も相手をしてくれぬのさ」
それはそうだろう。政宗は情も深いが嫉妬も深い。それで堪気をこうむった小姓が何人もいる。
ただ左馬助は政宗の小姓というわけではない。れっきとした譜代筆頭宿老家の当主で。
「……御下知とあらば、やぶさかではないが」
新六のことを云うていたのはそのためか、と孫兵衛はふきだしそうになった。
「ただ、おれは下はごめんこうむりたいのだが」
先ほどの酒席で左馬助は、いつも下なんだ、と愚痴を云っていた。小柄で童顔な左馬助は実際のとしよりも若く見える。政宗は左馬助よりも二つ年少だが、やはり左馬助が「下」だと知られて、みなにからかわれながらも、いたく同情をかっていた。
だが、十も年長の孫兵衛としては、やはり抱く側の立場がいい。
「孫兵衛相手に『上』になろうとは思わぬよ」
左馬助が笑った。
「では承った」
政宗の不機嫌を想起せぬではなかったが、孫兵衛は笑って左馬助を陣所に入れた。
親しくなればなるほどに、酒が美味くなる。左馬助はそんな男だと孫兵衛は思った。