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「蟻坂文書」による伊達成実の伝記

ア(46)蟻坂文書

蟻坂丹波誉かましき事、或る書より見、抜き候て左に之を記しおわんぬ。
正宗記数ヶ条は伊達安房守成実の御作なり。伊達稙宗公第6御子伊達実元は上杉貞実の御[   ]定まり候ため、大楽と申す山伏を遣わされ、宇佐美長光の御腰物、「実」の諱の字、竹雀幕紋を遣わされ、越後へ御取り移りなされるべきところに、稙宗公・晴宗公御父子御間確執出来について、既に御弓矢蜂起せんとす。これによりて、実元越後大国の嗣子たらん事を捨て、和睦を加え、伊達の家平均にして、末世伊達陪臣たらしむ。その子息・藤五郎成実(後、安房守という)、かれは御年17歳より一族的裔黄門政宗へ従軍として粉骨をつくし、政宗出陣のたびごと、忠を抽して戦う事、一天下に知るところなり。しかりといえども、伊達上野介政景・石川大和守昭光ラより小身にて、外聞旁本意にあらず、これを無念に思われ、伏見より高野へ御引っ込み候。昭光・政景を始め、いずれも御笑止に思し召され、政宗公の御内意に候か桑折点了斎・蟻坂丹波を以て、両度まで御異見申し候えども、御帰りなく、御使三度に及び候時は、御行方知れず候間、是非に及ばず候。その後、成実家老・羽田右馬助に、御家来衆引き除き申すべきよし仰せつけられ、御在所角田へ御飛脚遣わされ候ところに、政宗公より岩出山御留守居・屋代勘解由兵衛に、成実家中ことごとく討ち果たすべきよし仰せ下され候ところに、金沢・内崎・沢尻・白根沢・石川以下相談申し候は
「成実公より羽田右馬助一人方へ密々の御状遣わされ、吾等どもは無きが如くになされ候条、無念に存じ候。このたび岩出山へ連判を以て申し上ぐべし」
曲内談申し候ところに、勘解由兵衛、人数召し連れ、角田へ押し寄せ候間、右の品々勘解由へ相達し候。羽田右馬助は私宅へ引き籠もり男女30余人討死つかまつり候。金沢・内崎・沢尻・白根沢等、政宗公へ召し出され、御知行下され候。右馬助同意の者は駆け落ちつかまつり、角田落ち着き申し候。さて成実は小田原の下郡に御引き籠もり御座候を、家康公より100人御扶持下され候。政宗公御訴訟によりて、召し放され候。関ヶ原御軍のみぎり、上杉景勝より5万石にて御抱えなさるべきよし仰せ聞かれ候えども、上杉家へ奉公、また政宗へ敵対し立身旁本意にあらずとて、御合点なきところに、その後、昭光・政景・片倉景綱取り持ちを以て召し返され、白石御陣へ御牢人分にて昭光御陣に相加えられ御出陣に候。御帰陣以後亘理郡1000貫文にて御本帰りなされ、忠宗公御代に御加増にて2万石にはなりたまう。御実子これなきについて、忠宗公の御舎弟治部大夫殿御苗跡にあい済み候て宗成と申し候。後には安房守成実は正保3年6月4日卒す。法名雄山寺殿久山大居士と号す。行年79歳。辞世ににかくなん。
いにしへも希なるとしを九つを
過るも夢のうちにぞ有ける
右の通りの辞世の心は、昔、唐の詩人・杜甫と申す人の詩に、「人生七十古来稀成」という詩、心は70まで生けるはまれという心なり。それゆえ面白く候なり。

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