仙台志料による成実の伝記 伊達成実高野に遁る(巻之二)

※ 原文は漢文ですが、管理人が読み下し文にしています。
※一部字が潰れて読めなかったところは■にしてます。解読できたら改めますのでご勘弁。

  納言公岩出山に城す。伊達成実角田を賜う。豊臣氏法して侯伯一門皆大坂に家す。成実、内崎右馬頭・羽田右馬介・遠藤主計を留め、以って角田を守る。羽田、遠藤と約し、交番に西上す。右馬頭、邑事を決す。一士人有り。妻子家士廿人を率いて流寓す。民籍に編入を謀りて事を訴す。右馬介その強頂を怒りて家財を没収し、これを放逐す。士人、岩出山に至りて状を訴す。屋代勘解由親訊す。士人曰く、
「 家財没収され乞食してこれに至る」
すなわち右馬介を召し理屈を対詰す。勘解由曰く、
「子、家宰となり事理に暗し。一にかくの至りか」
すなわち没するところの家財を返す。右馬介慙赧す。衆また謂う、
「何の面をもって人の上に立つ」
右馬介一書を留め出奔す。その父小雪といわく、年八十余。大驚して上京し、成実に見えて曰く、
「豚児不肖、老臣の首を刎せん」
成実、慰諭し、かつ曰く、
「右馬介、桑島万喜を知る。必ずその家に寓す。万喜は徳川氏の馬医なり。邀えてこの子を返す。もって慮をなすことなかれ」
人を付け返し遣わす。この時、成実、朝鮮より返り、妻亘理氏を喪う。邑に入りたまわず。納言公曰く、
「封土減削し、前日の比にあらず」
昭光・景綱二人に告げてこのことを謀る。右馬介、江戸より来り会う。私語して曰く、万喜より公の困窮を徳川公に告ぐ。公曰く、
「成実年少といえども武勇倫に絶し、宗国のゆえをもって僅々二三万石を食む、うれうべきなり。もし我に仕わば十万石を賜わん」 
成実、これを聞いて大いに喜ぶ。右馬介曰く、
「この事を謀るに■ところ無くべからず。臣、東下し、邑に入りて収め、禄俸を課し、金をあつめ、馳上してもってこの費に供せん」
期を約して東下し、至りてすなわち成実の意を称し、百方徴収す。すでにして成実高野に遁す。使を発して右馬介に報す。遠藤主計、この事を知り、密に状を告ぐ。納言公、その忠節を嘉し、かつ告げて曰く、
「この事、我よりして発すべからず」
わずかに成実の挙動を観る、屋代勘解由に命じてこの虜となさん。右馬介、その高野に遁るの報を得、いつわりて驚愕の状をなす。主計、書を取りその面に投ぐ。その陰謀をあばき、その主公を誤らしむを面責す。状を岩出山に報す。勘解由、丸森高野壱岐に命じて右馬介を討たしむ。内崎右馬頭・遠藤主計、青木備前・佐々五兵・遊佐内蔵頭・近藤七兵・石川弥兵・白根沢丹波・高野内蔵・高橋信濃・鈴木間■・黒沢静内・辺見隼人及び弟助丞川村孫右・小梁川甚内・遠藤与一と右馬介宅を囲む。右馬介その妻自刃す。母弟源七13歳、長子富沢■19歳、次子高森彦七を托す。戎服十字槍を手に庭上に出る。石川弥平と槍を接す。弥平槍折る。志賀三左、垣上より砲を発す。両股を貫きこれを■す。成実高野に在り、右馬介の報を待つ。成実これに坐す。轗軻四方に流寓す。青木藤太・志賀弥七・羽田小吉・杉山九左・常盤隼人岡半兵従う。

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