仙台志料による成実の伝記 伊達成実(巻之二)

※ 原文は漢文ですが、管理人が読み下し文にしています。
※一部字が潰れて読めなかったところは■にしてます。解読できたら改めますのでご勘弁。

伊達成実、小字は藤五郎。安房と称す。兵部大輔実元の子。母は保山公(晴宗)の女。英毅大略あり。天正13年、大内定綱、叛す。納言公、会津を伐し、もってその拠る所を奪わんと欲す。平田某をして葦名氏臣・柴野弾正を招降せしむ。弾正、おのずから事を決することあたわず、事漏れ、来奔す。成実曰く、
「我が臣・羽田実景、猪苗代盛国臣・石部下総と旧あり。もって盛国を招くべし」 
公、実景をして盛国を招降せしむ。盛国の子・盛胤、論を異にし、もって果たさず。成実曰く、
「会津未だ伐つべからず」 
先ず定綱を除くことを請う。すなわち定綱の臣。青木修理を招降して先導となし、小手森城を攻む。会津・二本松、兵を遣わし、来援し、敵を抜けず。成実曰く、
「僕、城背に出で、援路を絶たん」 


※ 以下、作業中。

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