成実三昧
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遊びと紀行
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田村挽歌
なにもかもがあわただしい。
一年振りに米沢へ戻った愛姫は、居室から庭を眺めて息をついた。
街道にはひっきりなしに早馬が往来し、やがてやってくる上方衆のための、道の拡幅工事が始まっている。城内もどこかいらいらとした喧騒がやむことなく、愛姫の住む奥向きまで伝わってくる。
政宗が小田原から無事に戻ってきて、ほっとしたのもつかの間、会津領は召し上げられ、愛姫もようやく慣れた会津黒川城を後に、米沢へ戻らなければならなかった。
成実がもたらした政宗の書状を、愛は米沢への道中、輿の中で繰り返し、繰り返し読んだ。
初めにきたのは、黒川留守居である成実宛の手紙の写し。少し遅れて愛宛にも自筆の手紙が届いた。小田原での意外な厚遇と、奥州の安堵について書かれている。今生の別れと覚悟して送り出した良人の無事。この文が届いたときの嬉しさは、今もって言葉にもしようがない。
そして、黒川に戻ってきた政宗の姿を望楼から見たとき、愛は幸せに泣き崩れた。城内に入って涙に腫れた愛の顔を見た政宗は困ったように
「全てを失うわけではないのだ」
と言った。会津を失うことを悲しんでいるのだと思ったらしい。政宗自身が、きっとよほど悔しかったのだろう。それでも愛にはそんな頓珍漢ななぐさめさえもが、嬉しかった。
会津明け渡しの手配をした政宗は、あわただしく一足先に米沢に発ち、腰を落ち着けるまもなく関白を出迎えに宇都宮へ向かった。埋まった穴がまたぽかりと空いたような寂しさを、今度は命のやりとりがあるでなし、と愛は自分を慰め、文を読んでは政宗の筆跡をなぞっていた。
伊達家は関白の惣無事令よりあとに得た所領を没収されると、まだ政宗が小田原にいる時分に留守居の成実から聞いた。
長井、伊達、保原、伊具、信夫、安達、と郡の数を指折り数え、今まで政宗が歩んできた道を思い、 ……田村、と愛は実家を思った。
愛の実家・田村家は父・清顕の死後内紛があったが、政宗の指令で孫七郎宗顕が三春の主として家中を取りまとめ、伊達の旗下に入っている。奥羽の諸大名は関白への出仕を命じられたが、田村宗顕や石川昭光ら旗下の大名は政宗を慮って、直接の小田原参陣は控えていた。
愛が田村のことを口にしたときに、成実は少し眉を寄せた。
「ご案じなされますな。屋形さまがよいようになされます」
いつも快活な成実にしては、珍しい表情だったのが印象に残っていた。
政宗の命で大里城の攻略に就いていた田村宗顕が米沢にやってきたのは、八月の初めだった。小田原で伊達家を退転し、佐竹へかけこんだ矢田野氏の一族が立てこもり、篭城すること一ヶ月余。攻略には関白の許可も取りつけたが、思いのほか守りが堅く、関白下向を目前にした政宗はついに攻城をあきらめ、撤退命令を出したのだ。
宗顕は挨拶もそこそこに無念の表情で愛姫を見上げた。攻城の不首尾のことを言っているのかと思えば、宗顕は首を横に振った。
「われわれは、伊達どのにはめられ申した」
宗顕は低い声でうめいた。苦しい内情の中、必死に用意した上方衆への糧秣も、田村家の安泰を思えばこそ。しかし、それらはみな、伊達家からの献上として扱われた。関白に身上の安泰を取り持つなどは、政宗の甘言だったのだ、と。
「なにを言われます。孫七郎どのは、田村の当主ではありませぬか」
愛は宗顕をなだめようとした。めったなことを米沢の城内で言うものではない。
「小田原へも、宇都宮へも伺候できなんだ大名家はお取り潰しとのことです」
宗顕は上目遣いに愛を睨む。
「であればこそ、政宗のとのがおとりなし下さるのでは――」
「伊達どのは、田村には領主不在とのたもうたそうな!」
愛は絶句した。
「この孫七郎は、愛姫さまに子ができるまでの城代に過ぎぬ、田村の名跡は伊達の預かりじゃと――」
田村郡は伊達領として安堵された。宗顕の声が震え、うつむいた顔から涙が零れ落ちた。
一礼して、宗顕は立ちあがった。
「孫七郎どの――」
「遅まきながらも西上し、田村家の安堵を請願に参ります」
それはとりもなおさず、宗顕が伊達家と決別するということ。
別れを告げに来た宗顕に、愛はかける言葉を見つけられないまま、ほとほとと膝に涙を落とした。
自分に子がいれば――。
伊達をつぐ子。田村をつぐ子。
子がいれば、田村の名跡はたっただろうか――。
宇都宮から戻った政宗に田村領の経緯を聞いた愛は礼を述べた。一旦は召し上げられ、片倉小十郎に下されたものの、小十郎の辞退と政宗の主張が容れられ、伊達領に落ち着いたのだという。
「俺の目の黒いうちは、上衆の好きなようにはさせぬ。安心いたせ」
「誠に――。愛からもお礼を申し上げまする」
知らず、声が固くなったが、政宗は気づいたろうか。その後、宗顕の消息は知れない。
愛、と微笑んで政宗が抱き寄せようとした。無意識に避けていた。意外な顔で、政宗がもう一度、愛、と手を伸ばす。
「お許しくださりませ」
政宗の手は空を切って、愛の打掛をつかんだ。打掛がするりと落ち、愛は、さ、と戸のうちに篭った。
「どうした」
政宗の声が怒気を含む。
「――孫七郎の名跡がたたぬが不服か」
「そのような――」
「では出て来い」
「――今宵はお許しくださいませ」
政宗が戸を開けようと手をかける。愛は急いで猿を落とし、戸を押さえた。
戸の向こうで良人の怒鳴る声がした。
「田村の名跡を継ぐものは、愛の子でなくてはならぬ!孫七郎などに継がせてなるものか!」
わかっている。半分は野心でも、あとは紛うことなき自分への愛情。
でも、どうか。
――いまは滅んだ家への追悼をさせてください――。
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