「ねこが逃げた」
と、わざわざ成実の屋敷へ出てきて政宗が言ったので、成実はめんくらった。
政宗は幼時より猫が好きで、部屋にはいつも何匹かが心地よさそうに寝そべっている。一匹消えたといってはよく大騒ぎをしたものだ。
長じてからは政務軍務に忙しく、もっぱら猫の世話は愛姫やお喜多の役になっているが、根の猫好きは変らないらしい。
「で、どの猫だ」
成実もまぁ、慣れてはいるから、気を取りなおして尋ねてみた。
「『とら』だ」
「ほぅ」
政宗は酒を汲みながら、困ったように頭をかく。
「移封のなんのでしばらく放っておったろう。帰ってみたらおらんのだ。親元の飯坂へも問い合わせてみたが、知らぬの一点張りでな」
「……ちょっと待て。今、飯坂とおしゃったか」
確かに虎猫が一匹いるのは知っているが、あれは確か、7-8年前に米沢で生まれたはずだ。
「うむ。かといって、他に行くところがあるわけでなし。宗康が隠しているとしか思えんのだ」
親元? 飯坂宗康? ……と、いうことは。
「ひょっとして、『とら』とは飯坂氏のことか……?」
当たり前だ、と政宗は大きく頷いた。
「で、五郎に頼みなのだが、宗康にそと尋ねてはくれまいか?」
成実がしばらく黙りこくってしまったせいか、政宗は重ねて
「城下を心当たりの者が通りはせなんだか」
と聞いてきた。
「おれとてろくに腰を落着けておらぬものを。それよりもお屋形。いやさ次郎どのよ」
と、成実は息をついだ。
「頼むから、側室に紛らわしい愛称をつけるのはやめてくれ」