「退いて再戦を期すべし」
という意見も陣中にないではなかった。むしろそれが当然である兵力差であった。だが輝宗の弔い合戦である。
拉致された父を捨て殺し、その上、大軍の援勢に臆して仇討ちをあきらめたとあっては、それこそ末代までの恥に政宗には思われたし、小浜在陣の臣たちも、亘理元安斎を皮切りに最後にはみな同意した。
座して待つよりも死中に活を求めんと、政宗は小浜を進発し、佐竹ら連合軍を迎え撃つべく南下した。
途上、小十郎が馬を寄せ
「五郎さま、ご出陣のよし、知らせが参りました」
と言ってきた。五郎――伊達成実は大森の城主で、政宗には従兄弟にあたる。
「よし」
と答えた政宗は、一瞬眉を寄せて考え、
「五郎に手勢を小浜に残し、急ぎ参れと伝えよ」
と命じた。
小浜をやはり捨て置けなかったのである。
その成実が政宗に追いついたのは、岩角山であった。
厚くたれこめた雲が、だんだん暗さを増していた。西の山の上には少しばかり赤み見えているが、鮮やかな夕焼け、というには程遠い。
このあいだ降った雪が少し溶けたぬかるみが、冷たくわらじにまとわりついていた。
岩角寺を今宵の陣所と定めた政宗の帷幕に、成実がひょい、と顔を出した。
桧原の時もそうであったが、このような時の成実の腰は軽い。政宗より一つ年少、という若さも手伝って、親類衆の筆頭として重きをなしているとはとても思えぬ軽妙さが顔を覗かせる。
さ、と到着の礼をとった成実は
「早や小浜を御出陣、と聞いて驚きまいた。で、戦況はいかがでござる」
と顔を上げた。成実の表情はいつものごとく明るく、政宗は少しほっとした。
「飯は済うだか」
問いながら政宗が握り飯を運ばせると、成実はおっ、と嬉しそうな顔をした。
「談合が済うだら、すぐに発ってもらわねばならんでな。そちの兵どもにも運ばせてある」
「それは恐悦至極。渋川から駆けどおしゆえ、腹が空いてたまらんところだ」
ぱくり、と成実は握り飯を口に放り込む。
「では、申し上げます」
と、小十郎が陣立てを説明する。
「敵は前田沢の南に陣を進め、人数にもの言わせてひた押しにする構えでござる」
これに対し、政宗は前田沢を見下ろす高倉城に富沢近江・桑折摂津・伊東肥前に鉄砲300挺を添えて先駆隊とし、本宮城へは瀬上中務・中島伊勢・浜田伊豆・桜田右兵衛、玉井城へ白石若狭を遣わす。
前田沢は郡山盆地の北辺にあたる。そこから杉田の盆地へ出れば、二本松は目と鼻の先だ。政宗は玉井城の背にそびえる大名倉山と、本宮城から瀬戸川館に至る阿武隈川・高倉山の作る、杉田へ抜ける隘部を伊達軍の防衛線とした。
「前田沢、と言えば、この間返り忠をして、こちらに付いたのではなかったか?」
成実が問うた。
地元前田沢の土豪・前田沢兵部は元、二本松の臣である。これが畠山義継の死後は、早々と伊達に身を持ち替えていた。もっともこれは前田沢兵部に限ったことではない。二本松領の過半は早、伊達の勢力下となり、本城である二本松が孤立した状態をなっていたのだが、彼ら土豪は変わり身が早い。
「きゃつはすでに佐竹・会津の一味じゃ」
寄らば大樹の陰、とばかりに連合軍優勢とみるや、すばやく伊達を見限っていた。
成実は目を数回瞬かせると
「それはまた早い」
と笑った。
「信用できぬ奴がいたとて、数のうちには入るまい」
成実の言う通りではあるが、その「数」が政宗には心底こたえている。
「五郎。連れて参った手勢はいかほどか」
政宗の問いに成実は表情を引き締めて答えた。
「二本松と八丁目の境は親父(実元)にまかせてきたが、渋川を空にするわけにもゆかぬ。半数を渋川に残し、小浜にも30騎余りを残し、ここまで来たのはまぁ、80騎というところだ」
政宗は厳しい顔のまま頷く。渋川はもとは二本松に属していたが、今は八丁目の支城となり、ゆえにここが伊達領の南境にあたる。成実はこの渋川から二本松を睨みながら越冬するはずであった。
二ヶ所に人数を差し置いて半数以下に減ったとはいえ、成実の軍勢は、政宗直属の衆を除けば、一番まとまった勢力になる。名だたる将は他にもいるが、亘理・留守の大身は、本領がやや離れている上に、他領とも境を接しているため、このたびの二本松攻略に動員できた人数は知れている。他のものたちも勇武ではひけをとらなくとも、かれらの身上からすれば、何人かをまとめて一つの円居を作らざるをえない。
成実の到着で、やっと政宗の軍勢は8000人になった。連合軍4万に対して、伊達勢8000である。
「敵はおそらく、明日は高倉か本宮にかかる。お主は先に通り、糠沢から瀬戸川へ入ってほしい」
「委細承知つかまつった」
答えて何個目かの握り飯を頬張った成実は、ふと気づいたように政宗たちを見た。
「……おひゃふぁたふぁま、もうふまふぁれまいたか?」
何を言いたいか察しはつくが、聞き取れない。政宗はこめかみに手を当てた。ただでさえ頭が痛いのだ。
「……おれや皆の飯ならもう済うだ。それよりも口のモノを飲み込んでから喋れ」
「…失敬した」
成実はあわてて飲み込んであやまるが、その手は次に伸びている。
幸せそうにぱくり、ぱくりと食べてゆく成実を、政宗はあきれて見つめた。
「お前、よくこんなときに美味そうに食えるな」
すると成実は当然のことを聞かれたかのように答えた。
「む? ……美味いが?」
「このような戦の前に、よく食い物がのどを通るな、と言っておるんだ」
そんな政宗を、成実は一笑に付した。
「今生最最後の飯かもしれん。またこの飯のおかげで命をつなぐかもしれん。そんな飯を美味く食えなくてどうする」
がぶり、と水を飲んで、また、ぱくり。
その言葉に、ちくり、と政宗の胸が痛んだ。
もともと政宗は、二本松の畠山義継を攻めほろぼすつもりだったのだ。それを義継が実元・成実父子を通じて降伏を頼み込んできた。許す気はなかったが、父輝宗が実元父子に同意したので、やむなく折れた。
まさか、その御礼の席で輝宗を拉致しようとは。成実も同席していたが、防ぎ得なかった。
狩り場で急報を聞いた政宗は、阿武隈河畔の粟ノ巣でようやく義継に追いついた。川を渡れば二本松領である。
政宗の姿を認めた成実が、駆けよってきた。肩衣・袴の素肌武者が多いのは事の急を物語る。成実もまた、その例に漏れない。
髪を振り乱し、顔と目を真っ赤にした成実は、平伏した後顔を上げ、うめくように、だがはっきりと言った。
「捨て奉るほかなし。如何に」
政宗は馬上で義継に抱えられた父を見た。何か叫んでいたが、喧騒の向うのその声は聞こえない。ただその口元は、「撃て」と動いているように見えた。
だから輝宗の死にはこの従兄弟――成実にも確かに責任がある。ゆえに死地とわかっていても、呼べばためらいなく来るだろうと思ってはいた。
しかしこうして「死にに行け」と言うに等しい指示を出すのは胸が痛む。今朝から何度そういう思いをして、出立してゆく臣達を見送っただろう。
伊達領の南境・渋川で二本松を睨んでいた成実は、のらくらと引き延ばして政宗を見捨てることも――やろうと思えばできたのだ。
「うん。食った、食った」
満足そうに腹を叩いて成実が立ち上がった。では、参る、と歩みかけた成実に、政宗は思わず声をかけた。
「五郎。……よく、来たな」
有難さと頼もしさと痛ましさと恨みと皮肉と感謝と。さまざまな気持ちが凝ってその言葉になった。
振り向いた成実は、一転、険しい顔になっていた。
「おれにはおれの理由がある」
立ったまま、政宗を見つめて早口に言う。
「二本松と大森とは隣だからな、争いもしたが好誼もそれなりにある。だから親父(実元)と俺はは仲人の役を勤めたんだ。それをおれの目の前で、だぞ」
成実は目をつりあげた。
義継は自分自身が頼んだ仲介者をも裏切って暴挙に及び、実元と成実の面目を踏みにじった。
成実の怒りは、輝宗を殺された身内としての怒りにとどまらない。二本松を捨て置いては、武士の面目がたたぬのだ。
「佐竹や会津の大軍に脅された程度で、二本松を捨てるわけにゆくものか。返り討ちにしてやるまでよ」
と、吠えると息を一つついで、成実は不敵な笑みを浮かべた。
「もっと自信をお持ちになればいい。この戦のために命を捨ててもいい、という奴輩が8000もいるんだぞ」
「勝てると思うか」
「当たり前だ」
成実は断言した。
「もう雪が来ている」
佐竹ら連合軍が、合従を保ったまま越冬することは考えられない。本格的な冬はもうそこまで来ている。一度の戦をしのげば、伊達勢は身に数倍する敵を撃退したことになる。
それは政宗も考えた。政宗自身が二本松よりも南進したのもそのためだ。二本松よりも北に退かずに生き残ればいい。ただ、そのためには何人かの将と数えきれない兵卒が捨て石になるだろう、と悲愴な覚悟をしていた。
ことに最前線の高倉、成実を配する瀬戸川は、暴れる大河に抗する土留めだ。街道沿いの平地にあふれ押し寄せる敵の流れを、少しでもとどめ、細分し、本陣へ向かう流れを弱くすることにその役がある。まともに戦って生きて帰る望みは、ほかのどの円居よりも少ないと言っていい。
だが成実の、このとても根拠のあるとは思えない自信は、何なのだ。
すると成実は、そんな政宗の気持ちを見透かしたかのように、白い歯を見せた。
「白状するとな、ちょっとした験かつぎをしたんだ」
「どのような?」
小十郎が聞くと成実は真顔でこう答えた。
「飯が美味ければ生き残れる。まずければ討ち死に」
成実の口の端には飯粒が着いている。
「なんだそれは」
政宗があきれると
「言ったそのままだよ。おれが生き残れる、ということは、勝つ、ということさ」
と、成実はもう一度笑った。
「飯が美味いうちは大丈夫だ」
悪いがこれも貰ってゆくぞ、と成実は酒樽を一つ抱えて陣所へ戻っていった。
しばらくその後ろ姿を眺めていた政宗は、床机に腰を下すと
「握り飯はまだあるか」
と聞いた。
「あやつを見ていると、わしまで腹がへってきたわ」
ぱくり、と政宗は握り飯をほおばった。