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碁で勝てば

「相変わらず『下』なのか」
碁を打ちながら、不意に孫兵衛が聞いてきた。
「ああ」
わかっているくせに、と口をとがらせたい気分になる。
「……『下』になってもよいぞ」
孫兵衛が左馬助の黒石をハマにあげながらそうつぶやいたので、左馬助は驚いてまじまじと孫兵衛を見つめた。
孫兵衛が自分の「下」というのはどうにも想像がつかなかったが、孫兵衛はくつくつと笑って碁盤を指した。
「おれに勝てばな」



「お、――」
孫兵衛は手を止め、じっと盤面を見て唸った。
「どうだ」
と左馬助が胸を張った。
「投了だ――」
孫兵衛はため息をついた。
あまりにも左馬助が弱いので、指南のつもりでわかりやすい穴を作ることがある。碁友となってから、試みに九子置いてみればまったく勝負にならず、だんだんと置き石を増やして二十五子局から始め、六年かけてようやく九子局にたどりついた。
高麗御陣への出立前に一局、と酒肴を持ってやってきた左馬助に、仏心を出したのがまずかった。負けてやる気は毛頭なかったが、ふとした油断というやつだ。
置き碁とはいえ始めての勝利に、左馬助はうきうきとキチジをつまんだ。
「棋譜はつけてるか?」
と図々しく聞くので
「つけているわけないだろう。強くなりたいのなら、自分でつけるものだ。このような時だけ欲しがるやつがあるか」
と云ってやると、左馬助は目を瞬いて肩をすくめたが、今度は
「では、おれが今度来るまで盤面をそのままにしてくれぬか」
と言い出した。
京都まででも半月はかかるのに、高麗の戦の後となるといったい何年後になることやら。それまでこの賑やかな男に会えぬと思えばさみしくもあるのだが、こう鬼の首をとったように騒ぎたてられては、しばらく間遠になる方がいっそせいせいするのではないかと感じてしまう。
「わかった。盤面は残せぬが写しをとってやる」
しかたなく孫兵衛は筆をとって、覚えている限りの棋譜を記し、盤面を書き写すことにした。



苦虫を噛み潰したような顔で盤面を写している孫兵衛を眺めながら左馬助は、こみ上げてくる笑いをかみ殺していた。
あの写しは大事に高麗まで持ってゆこう。まぐれ勝ちなのはわかっているが、「黄の後藤」を打ち負かした記録とあれば最高の肌守りになりそうだ。
まったく孫兵衛はここで負けようなどとは思ってもいなかったろう。
ああそうだ、肌守りといえば、と左馬助は膝を打った。
「孫兵衛、夜の一局も(傍点)したいんだけど」
眉を寄せて筆を動かす孫兵衛が、む、と生返事をする。
「おれが孫兵衛に勝ったら、って約束、覚えてる?」
「約束?」
怪訝そうな孫兵衛の顔がこちらを向いた。



さぞかし妙な顔をしたと思う。
「そう、おれが『上』になる約束」
左馬助がひどく嬉しそうにそう云ったのだ。
 そういえば何年か前、左馬助に、冗談まじりのそんな約束をした覚えが確かにある。
 筆をとめた孫兵衛は憮然と黙りこんだ。
 酒の上の冗談、と流してしまえばよいのだが、それでは「いつさせてくれるのだ」と酒の席で一生左馬助の肴にされてしまいそうな気がする。
 喜色満面でこちらを見ている左馬助の顔を見て、孫兵衛は大きなため息をついた。
「――やむをえん」
 ああ、いったいなんてことだ。



 左馬助は笑い転げた。
 孫兵衛の顔こそ見ものであった。口と眉をへの字にまげ、いかにも不本意に肯ったあの顔。
「いいよ、孫兵衛」
 いつもどおりで、と左馬助は腹を抱えながら云った。あの顔を見ただけで云ってみた値打ちがあろうものだ。
 孫兵衛がほっとした様子で、筆をとりなおす。書き終わると、楮紙を丁寧に折りたたんで左馬助に手渡した。開いてみると、ほぼ初めからの手がきちんと書かれていた。
「大事にするよ」
「してもらわねば困る。おそらく勝ちの棋譜などもうありえぬからな」
 落ち着いた中に、少し腹立ちの混じった孫兵衛の声。こうして親しく話すのも、今晩でしばらくはおしまいだ。
「孫兵衛――」
 左馬助は笑いを鎮めて、姿勢を正し、脇差を外して差し出した。
「碁手物の代わりに若道の証を頼みたい」



「――承った」
 孫兵衛は左馬助の脇差を受け取ると、代わりに自分の脇差を渡した。左馬助が雪焼けした顔に満足げな笑みを浮かべた。
 こういう時の左馬助の笑みは、なぜだかひどく蠱惑的で、孫兵衛はいつも戸惑う。
 首を振って戸惑いを振り落とし、寝所へゆくか、と孫兵衛は席を立った。
 孫兵衛も若道の証だてをしたことがないではない。腕や股にその傷がいくつかある。左馬助にもやはりそのような傷はあって、共寝をしたときに真新しいものが手触り、誰のだと問えば、政宗さまだと笑って見せてくれた。
 左馬助との共寝は碁と同じく、なにぶんかれと酒を美味く飲むことに自然とついてくるもので、証だてをするとは考えたことがなかったし、それは左馬助もそうなのだと思っていた。
 高麗御陣は確かに長い別れではある。だが、奥羽勢は渡海まではせぬとも聞く。二度と戻らぬわけもなし、戻ってくればきっといつもと同じに左馬助のおしゃべりを聞き、飲みながら碁を打ち、共寝をするのだろう。



 寝所でするすると衣服を脱ぐと、
「股がいいな」
と左馬助は云った。つるり、と人差し指で孫兵衛の股の鉄砲傷を撫でる。傷の跡は、肌の色が薄くすべすべとした皮膚になっている。
「ここと同じ場所がいい」
 孫兵衛が苦笑した。
「しくじりの跡をなぞらんでもよいだろう」
と左馬助の手を除ける。
「死にぞこなったんだろ? むしろ縁起がいいじゃないか」
 左馬助は自分の同じ場所を指した。孫兵衛は少し眉を寄せたが、それ以上嫌な顔はせず、ぷつりと切っ先を左馬助の股に入れた。
 にじみ出した血を晒でおさえ、血が止まったことを確認した孫兵衛が、その傷に唇をそっと落として左馬助は震えた。
「つぎはおれだ」
 左馬助は、孫兵衛の鉄砲傷のすぐ横に傷をつけ、出てきた血をぺろりと舐めて晒をあてた。
 孫兵衛と共寝をするようになって数年たつが、今まで証だてをしようと思ったことはなかった。政宗の寵を受けていたこともあるが、孫兵衛との仲はそんなしるしをつけなくてもよいように思えたからだ。
 たわいもないことをしゃべりながら酒を飲み、碁を打ち、肌を合わせる。間に何があっても、何事もなかったように続く営みに思われた。
 ただ、なぜだか今日は名残を惜しみたくなって、証だてを乞う気になった。
 いつも必要十分という表現がふさわしい孫兵衛の行為だが、証だてのせいかいつになく執拗な手が左馬助を愛撫する。
「――孫兵衛」
と名を呼ぶと応じるようにかれが入ってきて、左馬助は息を詰めた。

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