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土の恵、浜辺の幸

それは年も明け、松も取れようかという頃。
「安房が亘理を断ってきた、と?」
仙台城の書院で、伊達政宗は渋い顔で、前に並んだ二人の臣をじろりと見た。
片倉備中景綱は亘理から白石へ移るべし。亘理には伊達安房成実入られよ、と命じたのが去年の暮れ。前にいる二人は片倉景綱の嫡子・小十郎重綱と、その命令を伝えた茂庭石見綱元である。
「荒れ地だ、というのが一応の理由ですな」
「そんなことが理由になるかーー」
綱元の言に政宗は声を荒げた。
成実が伊達家を出奔し、そして帰参してから2年。100石の給米で今まで過ごしてきた。いわば臑に傷持つ身でありながら、亘理という重要な要害をまかされ、600貫文の知行を得るのは破格の待遇だ。政宗が怒るのも無理はない。
「あ、いえ。お断りになったわけではありませぬ。考えさせてほしい、と。こちらも父が病ですので、安房さまがお急ぎにならないのは、むしろありがたいぐらいなのですが」
重綱が思わず成実をかばうと、
「そのような問題ではない」
と政宗がいらいらと指先で脇息を叩く。
「何と言ってくどいた」
今、伊達領の半ばは荒れ地であるのは、成実とてよくわかっているはず。荒れ地だから嫌だ、などと通るわけもない。命を伝えたときのいきさつを話せ、と政宗は綱元を促した。
「このたび片倉備中を白石に移すことになったゆえ、御身は亘理へお越し候えと、お伝えいたしました」
政宗は目を見開き、
「おれが書状に書いたそのままではないか」
とつぶやくと、大きく息をついた。
「石見。おれをいじめて楽しいか? そのような言い方で、安房が諾と言うわけがなかろう」
「はて。安房さまはじめ、御一門衆をあまり特別扱いするな、と仰せられたのは、殿ではござりませなんだか」
素知らぬ態で綱元が返す。
「だからと言うて、あやつの気性はよく存じておろうが」
「確かに、安房さまのご気性に合わせた伝え方をするはたやすいこと。されど初手からそれでは筋が通りまするまい」
政宗と綱元とのやりとりに、重綱が目を瞬かせていると、それに気づいた政宗がまじめくさった顔で重綱を見つめた。
「……わからぬか、小十郎」
はぁ、と重綱が言うと、政宗は続けた。
「この間、石見の屋敷で馳走になったのを、あやつが何と言ったと思う?」
ちらり、と綱元を見たが、綱元は重綱を見ようともしない。
「何をおよばれになったので?」
仕方なく問うと、政宗が答えた。
「イワシとみそ汁だ」
重綱は耳を疑った。主君の御成りに振舞うものとしては、随分粗末に過ぎる。それが表情に出たのか、綱元がじろり、と重綱を睨み、重綱は冷水を浴びたように肩を縮めた。
「安房がそれに文句をつけたのよ。このような馳走があるか、と」
おそるおそる綱元を見ると、冷ややかな説明が返ってきた。
「むかし、仙道で合戦に明け暮れていたころ、殿は『イワシとみそ汁を不足なく食べたい』と仰せられた。そのとおりにお振舞い申したまでーーと申し上げました」
「石見にそう言われるとたいていの者はぐうの音もでまい」
政宗が言い、重綱は大きくうなづいた。が、ということは成実はこれで黙らなかったらしい。
「量が足りんーーと仰せられました」
綱元が続ける。
不足なくと言うならば、イワシといえど大皿に山に盛り、汁は大鍋に芋と大根をたっぷり。御成りだからと言うて、膳にちんまり上品に盛られては、いくら代わりがあるというても、そうそう注文もできないーー。
綱元が披露した成実の理屈を、重綱は目を丸くして聞いた。
確かに美食家と言うならば、政宗のほうがいろいろと味にうるさく、品質にも敏感だ。それで気に入らないものは食べない、なんてことはないのだが、相伴するものはひとしきり、味の評価から改善方法までの蘊蓄を聞くはめになる。場合によっては藩内の経済や殖産にまで話が及び、たっぷりと宿題をつきつけられることになる。
成実は、と言えばうまそうに食べる。それはもう、幸せそうにうまそうに食べる。それでいて政宗の蘊蓄やなんやかやには、的確に応答するので、まわりの話は一応聞いているらしい。そしてどんな食事にも味に文句をつけているのを聞いたことがない。
だが――そんな問題なのだろうか。
「名護屋でも魚の種類の多さと美味にいたく感心しておられましたな」
「伏見で太閤の食事に相伴した時も、意外と質素だ、とつぶやいていたぞ」
この場合の質素、とは少量――という意味であろうか。政宗と綱元は二人でうなづきあっている。すでに老齢であった故太閤に合わせた量では、たいがいの者には物足りなかろうが、後からとはいえ、それを政宗の前で口に出すあたりが、並大抵ではない。
「よいか、小十郎。近々阿武隈へ行くから、安房を呼べ」
政宗は重綱に命じた。
「あの、この寒空に川狩でございますか――」
思わず重綱が問い返すと政宗は、
「いや、漁りと船運を検分にゆくのよ」
と言って席を立った。


重綱が神宮寺村に父親を訪ねると、父親は布団の上に身を起こして
「何しにきた」
と叱責した。白石への転封に伴って、亘理城を引き払ったものの、景綱の体調は山を越えることを許さなかった。やむなく片倉家は家中一同と重綱のみがまず白石へ入り、景綱は亘理領内の、ここ神宮寺村にとどまっている。
当主の不調と転封とが重なり、嗣子の重綱は目の回るような忙しさだ。忙しさの合間をぬって父の顔を見ると、こんなところで油を売らずに奉公に励め、と必ず叱られるのだが、その叱責の声が重綱にとっては父の健康をはかる目安になっていた。
今日の声はいつになく張りがあり、重綱は安心して相談をもちかけた。
「殿は荒浜でなく、阿武隈、と仰せられたのだな?」
景綱は重綱に確かめた。
荒浜は阿武隈川の河口にあたる。川を使った水運の終着点でもあり、海運の起点でもある。阿武隈、と政宗は言うが、漁りに船運、ということは荒浜を指しているように思える。
そもそも重綱には、成実の知行の話がなぜ食べ物の話につながってゆくのか、とんと見当がつかないのだ。が、その流れでゆくと、阿武隈の検分は一種口実で、成実に亘理領を見せるのが一つ、みなでうまいものを食おう、というのが一つらしいことは察しがつく。要は成実にこの話を、諾と言わせればよいのだが、その肝となる検分の差配をせよ、と言われてもどうしたものやら。
もともと重綱は、綱元に相談しようとしたのだが、多忙なのかなかなかつかまらない。ほとほと弱って、父親を頼ることにした。
景綱は、阿武隈、ともう一度つぶやき、
「なるほど、なるほど」
とうなづいた。いったい如何いうことです、と重綱は眉を寄せ、重ねて問うた。政宗・綱元といい、この父親といい、重綱の知らぬことを知っていて、それをからくりの種にしようとしているらしい。
「いやなに、難しく考えることはない。荒浜でよい」
常の検分と変わらぬ支度でいい、ただ食事は水辺にかまどを組み、鍋を整えよと景綱は教えた。
「漁師どもの浜鍋のようなものでよいのですか」
十分だ、と景綱はうなづく。
「同じ場所でも阿武隈、と云うのが肝心なのだ。なぜならば」
語り終えると、景綱は莞爾と微笑んだ。
「なんだかだ仰せられても、殿は五郎さま(成実)がかわいいのだよ」


領内各地で進んでいる、水利工事を視察しながら、政宗の一行は荒浜へ向かった。農閑期の今は、寒さは厳しいがその分工事に注力できる。もちろん天候と積雪には大いに影響されるのだが、亘理は比較的暖かいのでありがたい。
浜では漁師たちが網をつくろったり、取った魚を干している。仙台へは近いので生のまま出荷できるが、より遠くへの輸送や保存のためには、日干しや塩浸けなどの加工がかかせない。
からりと晴れた、澄んだ青の冬の日である。雪は積もってはいるが、日当たりのよいところは少し地面がのぞいている。
重綱は浜の仮小屋に一行を案内した。土間にしつらえたかまどに鍋をかける。食材は近隣の住民に直接献上させた。政宗は機嫌よく受け取りながら、「今年の漁はどうか」「浜値はいかほどか」と声をかける。
冬の魚といえば、スイにドンコ、ボッケにワカサギ。メヒカリもとれる。サケはもう盛りを過ぎた。
鍋の回りには串打った魚を並べ、塩で焼く。暖かい食事はなによりの馳走だ。
興が乗ったのか、そのうちに政宗は、貸せ、と魚を取り上げ、自分で串を打ち始めた。漁師たちが感心して声をあげる。
「小十郎」
政宗は重綱を呼び、
「外にもう一つかまどを作って、漁師どもにも振舞ってやれ」
と命じた。わっと喜ぶ声がまわりにあがり、感謝の声と果報を身内に知らせる声が入り乱れた。
政宗は愉快そうにそれを見やると、
「――手伝え」
あごをしゃくって、成実と綱元に言った。二人は一瞬顔を見合わせた後、少し苦笑して手伝い始めた。
それにしても何ともぜいたくである。藩主とその重鎮の手料理なぞ、そう食べられるものではない。勿体ない、と涙を流して領民たちはありがたがる。
おかげで重綱と供回りは、調理をする3人の世話と、列をなす領民の整理に忙殺された。
政宗が料理好きなのは前から知っていたが、成実と綱元の手際がいいのにもまた驚かされる。さっさと綱元は魚をさばいてゆくし、政宗の打った串の見事さときたら、膳部も顔負けである。不思議なのは、ただぶつ切りにしただけの成実の魚が、やけに美味そうなことで――。
と見取れる間もなく、魚がたまったから持ってゆけだの、包丁が切れなくなったから別のに変えろ、と追い回され、さすがに疲れを感じてきた時、
「小十郎、ぬしも食べろ」
綱元が声をかけてきた。見れば3人とも、すでに包丁を箸に持ち替え、再び食をとっている。
ようやくの食事にありついて汁をかきこむと、
「おい。若いからと言うて、そんなに急いで食うとのどにつかえるぞ」
などと言われる。成実の言葉に反論しようとしたとたん、小骨がのどに飛び込んでむせ、そんな重綱に3人はどっと笑った。
「安房よ――」
政宗が箸を置いて成実を見た。成実はつまんでいたワカサギを口にほうりこんで、政宗の方を向く。
「おれはお前に、100石を扶持している」
「ありがたき幸せ――」
「切米で、だ」
「拙に不服のあろうはずがござりませぬ」
「ではなぜ亘理を断る」
成実は返事をしなかった。
かつての成実を知るものであれば、それはおのれを頼んだ傲岸にも見えたろう。親類中の親類。一族の筆頭であり、政宗も一目置く実力者。それがかつての成実であった。
折り目正しい立ち居振舞いに、圧倒的な存在感は今もかわらない。が、この度の知行への逡巡は、遠慮しているように見えた。いや、帰参してこの方、成実は常に一歩を退いているような気がする。
「聞け、安房。昔、おれたちは夢を語ったな」
天下に名乗りを上げる、図南の夢。重綱が父から聞いた、政宗の少年の頃からの夢だ。政宗と、傅役の景綱と、そして成実と。阿武隈は杉目の川辺で芋煮の鍋をつつきながら語り合ったという。
「お前はとほうもないことを言った」
殿、と成実が困ったような顔をした。若気の至りを他人に語られるほど、気恥ずかしいことはない。
おれもその夢に便乗していいか、と成実は言ったらしい。ともに天下に覇を唱えたならば――
「天下の民百姓みながうまいものを腹いっぱい――」
重綱は想起する。河原に漂う芋鍋の香り。成実の無邪気な夢に吹き出した一瞬後、その意味の重さに気づいた3人の顔。
それまで黙って相伴していた綱元が、ゆっくり汁をすすると静かに言った。
「亘理さまが長年慈しみ、片倉もまた愛しんだこの土地。海の幸に恵まれ、地は水を利すれば沃野に化けましょう」
政宗は成実に向かって晴れやかに笑う。
「天下にはまだ届かぬが、民百姓に食わせることはできるぞ。おれはまだ、お前とともに夢を追いたいのだ」
政宗の差し出したドンコの串を受け取りながら、
「思召し、かたじけなく」
そう言った成実の声には、少し涙がにじんでいた。
散会のとき、成実は重綱に、ボッケとタラを手渡して、今日の労をねぎらった。
「備中に、」
と成実は言った。父によい土産ができた、と重綱は思った。

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