いとしいくに

「とんでもない年だったな」
岩出山にちらつく雪を眺めながらそうひとりごちた成実に、景綱はうなづいた。
どうにか形のついた岩出山城下の居館から、明日は在所へ帰ろうというその日。
夕餉に誘われて伊達成実は片倉景綱の屋敷へ赴いた。
蒲生氏郷のもとに須田が駆け入り、政宗謀反の疑惑のさなかで明けた年だった。
鶺鴒の目などという芝居で乗り切ったあとは去年に引き続き大崎・葛西一揆の鎮定。
ようやく一息ついたかと思えば、一度は安堵されたと確信した米沢を召し上げられ、岩出山へ追われた。家中一同も父祖の地を離れ、景綱は大森から亘理へ、成実は二本松から角田へ移されることになった。
「美濃守どのには気の毒をいたしました」
と景綱は目を伏せたが、口元は薄く笑っている。
「いたし方あるまい」
成実はむしろ自分に言い聞かせるような口調だった。
亘理美濃守重宗は知行替に不満を示し、しばらく出仕をせずにいたが、政宗の怒りにしぶしぶと重い腰をあげた。
重宗の不満ももっともである。なにせ亘理郡は旧領を安堵されているのだから、無理に動く道理はないというものだ。
しかし政宗にしてみれば、家中みなが在所を移るのに親類の重宗が動かぬではしめしがつかない。また亘理郡は旧属領とはいえ、亘理氏は厳密には家臣でなかったから、政宗はその知行高などを十分に把握しているわけではなかった。名実ともに亘理郡を支配下に置くには、重宗を移封させる必要があったのだ。
「干損水損の土地、と美濃守はおっしゃいましたが、なかなかどうして、亘理はよい土地ですよ。寒さも穏やかだ」
「検地は順調にすすんでいるようだな」
俺も見習わねばなるまい、と成実はつぶやいた。いつもなら進む酒が、今日はどことなしに気が乗らない。
成実もまた半分に減った知行で家中を養わねばならない。しかも蒲生領となった白石と角田は指呼の間であり、道も良好。軍事的緊張を強いられている。それでも二本松を明渡した後、在所も決まらぬまま一揆鎮圧に奔走したことを思えば、ようやく落ち着き場所ができたわけなのだが。
確かに景綱の手腕は見事だった。鎌倉以来の主からの交代で、さぞかしやりにくいだろうとは思うのだが、領内に不平不満があるとはとんと聞いたことがない。
「さて。留守中もこの調子でゆけばよいのですが」
「しばらくは蓄財に精出さねばと思うたが、それもならぬか」
関白が唐入り――朝鮮出兵を言い出し、伊達家も兵を出さざるを得ない。関白への忠義を示すため、主だった臣は随行することになるだろう。
「ところでおりいってお願いがございます」
「おう、なんだ」
盃をもてあそびながら成実は答えた。
「倅を元服さしょうと思いまするが」
景綱はそこで言葉を切って手をついた。
「烏帽子親を願えませぬか」
成実は首を傾げた。景綱の嗣子・弥左衛門はまだ8歳である。年の割に柄も大きく、眉目秀麗、利発な少年で、成実もなにかとかわいがっていたが、元服するには幼稚に過ぎないか。
「五郎さまの武功にあやかりとう存じます」
聞けば、弥左衛門は年内にも伏見に上る予定だと言う。政宗の小姓という立場だが、伏見には大名小名の子弟が集められ、なにかに事寄せて城への出仕をしている。弥左衛門もその中に入るのだ。
出仕するからは、童形では困る、というのが景綱の言い分だった。
童形では「まだ子ども」と本人にも周りにも甘えが出る。
「お主にも親心があったか」
成実はおかしくなった。8年前に、生まれてくる我が子を殺そうとした冷徹の人にしてこの願いである。弥左衛門の成長を切に願う姿が、なにやら新鮮に感じられた。
景綱は端正な顔をわずかに歪めて心外をあらわした。照れ笑いをしそびれたようにも見えた。
「わかった」
と成実は破顔した。政宗にではなく、自分に烏帽子親を頼まれたことが嬉しかった。

『重綱』
と、成実は墨書した。
成実が烏帽子をかぶせ、それが披露された瞬間から、弥左衛門は左門重綱となった。
重綱は頬を紅潮させ、礼の口上を述べた。髪の剃り跡が青々しく、いたいけな顔とそぐわない。無理に大人にするのを少し哀れに思ったが、本人は晴れの式の嬉しさに顔を輝かせている。
「――目出度し――」
成実の音頭に一同が唱和し、式三献にうつった。
慣れぬ酒に重綱の顔がぽっと赤くなった。
三献目を受けたところで、成実が目配せすると、控えていた小姓が錦の袋に入った刀を捧げ持ってきた。成実は盃を置いて立ちあがると、刀を左手につかみ、重綱に差し出した。
「左門」
「はい」
「成実より祝いの品を取らす」
ちらりと父親を見た重綱が、おずおずと受け取るのを見て成実は微笑した。
「『肌小袖』という、重代の陣刀じゃ。武道怠り無く、勇功を励し、忠貞をいたされよ」
ありがたき幸せ、と重綱は刀を戴き上げ、腰にさした。
艶な銘を持つこの刀は、陣刀といっても鎧通しである。小さな重綱が帯びても釣り合いがとれる。
重綱が退出して式が終わると酒宴となった。
景綱が礼を述べると
「小十郎はよい息子に恵まれたの」
成実は鮭をつつきながらそう言った。景綱は眉を寄せた。どうもこの父親は息子が褒められるのは気に入らないらしい。
「次第にない出来事にも、凛としたよい振る舞いであったぞ」
成実もそれがわかっているので、ことさらに重綱を持ち上げる。次第にない事、というのは『肌小袖』の件を言っているのだが――。
「一応の口上が辛うじて言えたばかり。情けない限りです」
「よいではないか。武家の誉れは言の葉にあらず。あの歳で大したものだよ」
苦虫を噛み潰したような顔をしている景綱を面白そうに眺めながら、成実は美味そうに酒を飲んでいる。 
「俺もあのような息子がほしいものだ」
そのせいか、ぽろりと本音が出た。
未だ子宝に恵まれぬ成実である。
「東男に京女、と申します」
「む?」
五郎さまも来春は西上されるであろうが、京の女は美人が多い。と、まじめくさった顔で言った景綱に、成実は少々あきれた。ゆく先々に女ができるのは世の常ではある、が。
「俺のは京女に劣らぬ眉目よしだと思うが」
景綱がにっこりと笑ったところを見ると、どうやらそれを言わせたかったらしい。
「されば早うお戻りあって――」
「おい、追い帰すなよ。今日は左門の祝いだぞ」
「これはご無礼を申しました」
景綱は微笑みながら頭を下げた。
ああ、でも、もっともだ、と成実は思う。
明くれば唐行き。となれば、いつ戻れるとも知れぬこの土地が愛しい。
妻が、家族が、臣が。山が、川が愛しい。
今この時がとてもいとおしい。
だから景綱も今に息子を元服させたのかも知れぬ。  
そう思いながら成実はもう一度盃を手にとった。
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