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爾汝の交わり

来客です、と呼ばれて座敷へ出てみれば、後藤孫兵衛が座っていた。左馬助を認めて、手をつき礼をとる。
少し驚きながらも、上座に座ると
「明日、檜原へ戻るゆえ、挨拶にまいりました」
と孫兵衛が口上を述べた。
「……貴殿には嫌われたと思うていた」
左馬助は頭を掻いた。
「さようですな。しかしながら、原田どのの詫びの入れように感じいった次第。ともに酒を汲めば美味かろうと思い、罷りこしました。差支えなければぜひ一献――」
孫兵衛が穏やかに笑んで、酒瓶を差し出した。
「ご厚情、いたみいる」
左馬助は軽く頭を下げた。果たし合いを申し込んだことは、今思いだしても恥ずかしく、つい照れ笑いが浮かぶ。孫兵衛が笑っているのは、たぶんそんな自分が可笑しいのだろうと思うと余計にばつが悪かった。
「では、肴はこちらで用意を」
左馬助は手を打って小姓を呼んだ。
「貴殿はお好みの肴は?」
「塩か、味噌があれば」
しごく簡素な要望に驚いたが、云われてみればいかにも孫兵衛らしい。
「原田どの」
真面目な顔になって孫兵衛が云った。
「なんだ」
「御宿老に貴殿などと呼ばれては面映い」
何かと思えばそんなことか、と左馬は可笑しくなった。
「では、孫兵衛。おれのことも左馬、と」
くだけて呼ぶように云ったが、孫兵衛はとまどったように首を振った。
「では――左馬どの」
「『どの』もいらぬ。ただの左馬でよい」
重ねて云うと、孫兵衛はひどく困った顔をした。
さもありなん、それだけの身分差があるのは左馬助とてわかっているのだが、果たし合いを申し込んだ相手に酒を持ってやってきた孫兵衛をとても気に入ってしまっていた。また、豪の者よ、黄母衣の後藤よ、と定評のあるこの男が、反骨と律義をどうやら併せもっているところも面白い。ともかくも、親しくつきあいたよい男だ。
味噌と鮭が運ばれ、前にならんだ。
孫兵衛はしばらく黙りこんでいたが、観念したように頭を一つたたいて、ひどく言いにくそうに、
「――左馬」
と杯をあげて云った。
「おう」
左馬助は酒を汲んで晴れやかに応えた。
「以後よろしく頼み申す」
期せずして声が重なり、二人の喉をひいやりと酒がおりた。甘露だった。

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