黒沼の魚

信夫郡は伊達家の故地の一つである。
豊臣秀吉の奥羽仕置の際に召し上げられ、今は上杉領となっていた。
関ヶ原の戦いに際し、徳川方に属した伊達家は、伊達・信夫の地を取り戻すべくさかんに上杉家に対して軍事行動を行ったが、実を結ばずに終わった。とはいうものの、白石を始めとする刈田郡の領有を認められた伊達政宗は、居城を岩出山から千代(仙台)へ移すことを決定した。
伊達政宗の重臣、伊達兵部成実が、その信夫の羽黒権現を訪れたのはそんな頃であった。
成実の生まれ育った大森は、ここからはほど近い。信夫山も、今は福島と名を変えた杉目も、成実にとっては懐かしい故郷である。
昨年、上杉方の福島城を攻めた際、政宗はこの付近に陣をとった。成実は出奔からの帰参間もなく、石川昭光の陣にいた。
伊達勢が退却するとき、羽黒権現の社家は、伊達勢についてこようとする者と、この地に残ろうとする者とに分かれた。
別当寺であった慈光寺の衆は多くが伊達勢についてこの地を去り、その跡は訪ねる者もなく荒れ果てている。羽黒権現の本社の衆は今も社を守り、戦で傷んだ社殿の修築に余念がない。
政宗は羽黒権現をも、仙台に遷座を決し、成実にそれを命じたのだった。
成実は往時を懐かしみながら、境内を眺めた。
幼い日とはすっかり様変わりした参道や塔頭が目の前にある。
伊達家が――、自分がこの地を守っていればこのさまにはさせぬものを、と口惜しくもあるが、境内を荒らす戦をしかけたのもまた、伊達家である。
世の習いではあるが――、と成実は軽く首を振った。
客殿で待つと、ほどなくこの社の長である法印が、従僧に手を引かれて現れた。
型通りの挨拶のあと、ふっと肩の力を抜いた二人は大笑した。成実が時宗丸と呼ばれた小童の頃から、互いをよく知っている。
「法印どのがまだ生きてござったとは、夢にも思わなんだ。お会いできて重畳――」
「こちらこそ、かつての悪童がこのようにお訪ねいただこうとは――ご健勝でご活躍のよし、およろこび申し上げます」
悪童、と言われ成実は苦笑した。活発な子だった、とでも言ってほしいものだ。
「羽黒権現のご加護、と申しておこう」
「まこと、霊験あらたかでござりまする」
法印は皺だらけの顔で、にぃ、と笑った。
今度伊達家の根拠地として築き上げる仙台城の守護として、数ある羽黒社の中から、政宗がこの福島は信夫山に鎮座する青葉山羽黒権現を選んだのは、わけがある。
羽黒権現の境内の森の中、深い木下闇を映した沼があり、それを黒沼と言う。
成実は遷座の儀式に連なる前に、白い下帯姿になって黒沼へ入り、水垢離を取った。
肩まで水に浸かって陀羅尼を唱えると、目の前にゆらり、と大きな鯉がゆれた。ゆったりと黒い鱗をきらめかせて泳ぐ、その目は片方がない。
「やぁ、ヌシどの」
久しぶりだな、と成実は目を細めた。

この行場には昔、万海という上人がいて、みなから畏怖されていたという。この万海は片目であった。ゆえに万海が水垢離をとったこの黒沼の魚はみな片目だという伝説がある。
政宗と成実は、まだ少年の頃、それを確かめようと黒沼に入り、魚を追い回したことがある。
鮒、鯉、泥鰌とさんざんに捕まえ、初めは軽く考えて見逃してくれた二人の守り役も看過しえなくなって、法印とともに叱りにかかった。
「万海上人の祟りがありましょうぞ」
法印は数珠を鳴らして二人を睨んだ。
万海は祟り神でもある。入寂後、指示を破った村人の間に疫病を流行らせたともいう。
「何をいう」
二人は口をとがらせた。
「黒沼の魚は片目魚、というが、みな両目があるではないか!」
両目の魚をいくら捕まえたとて、祟りなぞあるものか。
「阿武隈でいつも捕らえて食う魚と、何も変わらぬ」
と成実は言い、
「片目が万海とやらの縁ならば、おれこそ万海の縁者じゃ」
と、自らの眇目を指して政宗はうそぶいた。
一瞬絶句したあと、それでも叱ろうとした大人たちと、悪びれない二人の間隙に、大きな鯉がばしゃっ、と跳ねた。
「一番の大物ぞ!」
丈にして五尺はあろうか。さっと泳ぎよろうと底を蹴ったが、鯉の方からこちらへ向かってやってきた。
思わず体をよけると、ゆうゆうと岸をなめるように泳いでゆく。その姿を声もなく見つめた。
――その鯉の片目は潰れていた。
鯉を見送ったあと、毒気を抜かれたようにおとなしく池から上がった二人は、たっぷりと法印のお説教を聞くことになった。
「なぁ五郎。万海というのは、それほどに霊験のあるものか」
杉目の城に戻る道すがら、政宗は成実にそう話しかけた。
「おれは言い伝えとしか知らぬ」
あの鯉に池の主のごとき威があったのは確かだが、片目であったのはたまたまであろう、と成実は言った。現に、他の魚は両目があったのだ。
「お袋さまは、おれを身ごもるときに、夢の中に幣束(梵天)を持った行者が、腹を借りたいと言ったという」
それで政宗の幼名を梵天丸ということは、成実も知っている。
「……その行者が万海と?」
「と、いうことにすれば面白かろうと思うてな」
ただの言い伝えも、証拠らしきものがあれば真実味が出る。あのヌシを見た後では、万海の霊験をただの言い伝え、と口では言うものの、
――そういうこともあるかもしれぬ
そんな気分になっている。

それきり、そんなことがあったことは、日々の営みに紛れて記憶の彼方に埋もれていたのだが、新しく取り立てる仙台城の縄張りをあらかた張り終わったある日、政宗は成実を呼び出した。
川内から、山の断崖を見上げながら、広瀬川を下へゆくと、しばらく行くと断崖が切れて浅瀬に続く河原が現れ、粗末な橋がかかっている。
小さな祠が、山を背後にぽつりとあるが、仙台城の裏手にあたるため、築城が決まってからは出入りが厳しく制限され、祠は荒れて寂しげに見えた。
「おう、兵部! こちらだ」
政宗はその祠の前で、成実を待っていた。
供回りをそこで待たせ、成実を伴って険しい山道を登ってゆく。少し遠くに鎖場が見え、小さな石積みや石仏が点在するところを見るとかつての行者道と思われた。
急坂を登り切ると少しばかりの平地があり、いくつかの五輪塔と小さな池が現れた。
「ここに羽黒権現を勧請しようと思う」
池のほとりを指差して、政宗は言った。
「御意」
「兵部にそれを頼みたい」
成実は怪訝に首を傾げた。成実のつねの仕事とは異なる職分である。
「黒沼のヌシどのにもお遷り願いたいでな」
政宗は、まだわからぬか、と言いたげに言い添えた。
そう言われて池をみると、暗い水をたたえた池は、黒沼に似ていないこともない。
政宗は、自分が生まれるときに夢に現れた行者を万海になぞらえ、黒沼の万海の伝説ごと、この仙台に遷そうとしているのだった。
「そのような御用なれば、片倉あたりに仰せつけられとうござる」
生来の片目ではない政宗は、万海の生まれ変わりではありえない。こんなつまらない虚偽の片棒をかつぐのはごめんこうむりたかった。
「あれは最近、不調でな」
いたずらをたしなめられた子どものように、政宗は肩をすくめてみせた。嘘を嫌う成実の性格を、政宗もよく知っている。
「おれが万海とやらの生まれ変わりだと言う気はさらさらないが――」
「まわりがそう思うはやぶさかにあらず、と」
成実が後を引き取ると、政宗は笑みを浮かべた。

そのようなわけで結局主の命どおり、成実が羽黒権現の遷座を差配することになったのだ。
初めに使いを遣って、そう法印に伝えると、
「喜んで御分祀いたしましょう」
と返事が来た。
成実は苦笑した。「分祀」と表現するところに向こうの矜持がある。
はたして、法印自身も政宗に招聘されていたのだが、頑として首を縦に振らなかった。
「兵部さま、信仰や畏敬というものは」
遷座の儀式のあと、成実と向かい合った法印は言った。
「おのずと湧き出るものでございます」
だから、移る気はない、と言う。無理やり移すものでもない、と法印は言いたいのであろう。
「もっともだ」
と、成実はうなづいた。しかし湧き出るものに形を与え、意味を整えるのは政である。

仙台のかの地の五輪塔を取り除け、池の回りを整地して、小さいながらも整った羽黒社と観音堂がしつらえられた。
羽黒権現の御霊を移し、遷座の儀式が全て終わった後、成実はそっと最後に鯉を池へ放した。
片目の鯉はそこが元からの居場所のように、悠々と泳ぎ去った。
成実は静かに泳ぎ去る鯉を見つめた。
万海ゆかりの片目の魚の言い伝えは、何も黒沼に限ったことではない。南奥のそちこちに、羽黒の行者万海の伝えが池とともにあるのを、成実は知っている。
これからあの老鯉がどれだけ生きるかはわからぬが、目にするものは片目の鯉を見るたびに、政宗を連想し、万海を連想するであろう。
法印の言うとおり、信仰や畏敬はおのずと生まれるもの。
政宗は万海の生まれ変わり――これが誠になるかどうかは今後の政宗次第である。
成実にこの仕事を命じるときに、政宗もまたそう言った。だから成実はこの仕事を請ける気になったのだ。

――とくと、見たいものだ

新しい羽黒社から、山を下りると、材木を運ぶ人夫たちに、頻繁に行き会う。城が建ち、町が建つ。
成実も人生の半ばを過ぎる年となったが、世の中もまた、折り返したようだった。少なくとも既に、戦は日常ではない。
そのような世に受ける畏敬とは、どのようなものになるのか。半ば想像がすき、半ばは想像がつかない。

さて、のちに政宗が世を去るときのことである。
羽黒社はさらに、仙台城下の北山へ移り、いつしかあの鯉も見なくなったが、政宗の企図した伝えはまことしやかにささやかれ、成実にも真顔でそう聞くものが増えていた。
政宗の葬儀が無事終わり、埋葬の準備をしていた奥山大学が、あわてて成実のところにやってきた。
政宗は世を去る前に、ホトトギスの音を聞きたい、と山へのぼり、ここへ墓をたてよと杖をたてた。
そこから、万海の遺体が出たという。
「伝えは誠でござりました」
涙ながらに語る奥山の言葉を聞いて、成実は目を見開いた。
「案内せよ」
杖をつき、山をのぼって着いたその場所を見て、胸におかしさがこみ上げた。
あの日、羽黒社を建てるために五輪塔を取り除けた。その場所である。政宗はその五輪塔を覚えていて杖をたてたに相違なかった。
誰とも知れぬ行者の遺体が万海となり、政宗が万海となる。そのからくりを成実は知っている。
それでも一瞬、信じたのだった。
信じた自分がおかしく、しくんだ政宗がおかしかった。

成実は政宗のことを語るときに、決して万海の話をせず、書き残すこともしなかった。
しかし、万海の名は、政宗の誕生伝説とともに仙台藩の歴史にに残ったのである。

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