その家室に宜しからん

 「佐竹の能化丸どのに、この岩城を継がせると?」
思わず声を荒げたのを覚えている。
夫の常隆から、小田原参陣での上首尾を伝えて来て、喜んだのもつかの間。その夫が鎌倉で急死したとの悲報。報せたその口で、跡目相続を言い出した、家老の白土をきっと睨みつけた。
「この腹には左京大夫常隆の嗣子がいると知って、ようもそのような話しを持ってくる……」
臨月の腹をさすって言うが、白土は気の毒そうな目を向けるのみ。
「ですが奥方さま、腹の御子が男児と決まったわけでもありますまい」
「いや、男児じゃ。このようなときに命をさずかる御子が、男児でないわけがあるものか」
「このようなときであるからこそ、我らにはしかとした主が必要です」
いっそ冷酷に白土は言った。




解せぬ命ではあった。
「我が一門の伊達安房と申す者――文禄の年に連れ合いを亡くしてより、室がない。かの名跡を継ぐべき子を育ててほしい」 
秋田より、血のつながりをよすがに、仙台藩は62万石の当主、伊達政宗を頼り来て、一ヶ月。息子の長次郎は手厚い待遇を受け、無事に100貫文の知行を得た。岩城の当主として生まれるはずの身であったれば、いささかさみしくもあるが、佐竹に乗っ取られた岩城家で、冷や飯を食べていたことを思えば天と地の違い。
当然、自分も息子の知行地に同行すると仕度していたところへ、この政宗の言。
政宗が茶事に長次郎でなく、自分を呼んだのはこのためか、と合点した。
「伊達安房どの――と申しますと二本松の……」
亡夫の常隆が、その戦振りをよく語っていた仙道の猛将、伊達成実。
「そうだ。今は亘理を任せておる」
「そこへ嫁せとの仰せでござりますか」
「そうだ」
どうだ石見、と政宗は茶を立てながら客座を見た。客座には、自分を含めて四人。誰かは知らぬが、いずれも伊達家の御歴々であろう。
「ようござりましょう」
では、答えたこの老人が奉行として藩を統べる茂庭石見綱元――。
「安房は」
と、政宗は一番上座に座る男を見た。
「とのの仰せに否やがござりましょうか」
自分の縁談というに、特に表情を変えるでもなかった、精悍な男。
あわてて、乞うた。18年、手塩にかけた息子と離れるのは、辛い。それになによりも。
「ありがたき仰せにはござりますが、私はもはや、御子の生めるような歳ではござりませぬ」
必死の言葉を政宗は、
「なに、子など女であれば誰でも生める――」
あっさりと、生むのは脇腹にまかせよと言う。思わず二の句が告げずにいると、
「よし、これで決まったな」
つい、と薫り漂う茶碗が差し出され、安房はごくりと美味そうに飲んだ。

輿入れはごく簡単に、という安房の言葉にありがたく甘えた。故国を捨てた身なれば、嫁入り仕度も思うにまかせない。そも、この歳になって嫁入りしようとは思おうか。
少ない荷物で嫁入りさせたと、長次郎が笑われようか。いやさ、親類中の親類の安房と、血縁とはいえ、今頼り来たばかりの長次郎。それも当然と思いなおす。
ともかくも。この縁談で長次郎は安房という、得がたい後見を得られよう。
亘理城は小高い丘の上。城内から遠望すれば海が見え、風の強い日は潮の香も。
嫁入りといい、潮の香といい。思い出すのは――。常隆があと少し――、ほんの少し長く生きてくれたなら。
――思うてせん無きこと。
今は長次郎の身上もたち、わが身をみれば、前の常隆も従兄弟、此度の安房も従兄弟。少しは似たところもあろうかと、盃事を交わしたあと、夫の顔を、そっと見る。しばし、あって。
よかった。目元が似ていなさる、と、ほぅと息をついた。
「どうされた」
低い穏やかな声で安房に問われ、
「少し、疲れたのかもしれませぬ」 
安房が人を呼ぼうと立ちあがる。
「誰か、ある。岩城御前を部屋へ案内せよ」
いえ、大丈夫でございます、と安房を制して手を取ると、赤黒く強張った右の手。驚いて安房を凝視めると、
「なに、昔のしくじりの跡だ――」
と微笑した。
「あの、岩城御前とは,私のことでしょうか?」
聞きなれぬ呼び名に戸惑うと
「そうだが、まずかったか?」
と、安房。
「いえ……。でも、なにゆえに」
元の座に安房はすわりなおし、
「あなたは岩城の名跡と誇りを、ひとり守ってこられた。そのままに、ここでもお過ごしなさればよい。亘理と岩城は同じ海道でもずいぶんと離れているが――、亘理の地を岩城の地と同じように思い、慈しんでいただけるとあり難い。」
ゆるりと語るその言の葉は、仙道の猛将、との印象とはかなり違うて。
星霜を経た、無骨な手を包みこんでいると
「あなたは母御に似ているな」  
と安房が言った。
「なぜです?」
「女手一つで家を守る、たくましい血だ」
長次郎どのの母御なら、と所望した甲斐があったもの、と莞爾と笑って抱き寄せる、その大きな腕。
子を生すには、少し年を経たかも知れぬ。でも。今なら、まだひょっとしたら。
岩城の誇りと思い出を、そのまま受け入れてくれる、この良人の子がほしいもの。
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