転封  

 小高い丘の上に造られたそれは、椿山館というだけあって、椿の多い出城だった。
城に上った二人は、建物に入らず、そのまま奥の出丸に進んだ。
ここだ、と成実が馬を停め、小十郎も並んだ。
崖の上に小さな物見台が造られており、そこからは眼下に阿武隈は渡利の渡し、対岸に杉目、そしてこの度小十郎が拝領することになった大森の城がよく見えた。
「――大森は仙道の要衝」
成実が大森城を指して言う。
米沢街道と奥州街道が分岐する大森は、伊達・信夫郡一の大きな街になっており、伊達家の南方の拠点として重要な働きを持つ。
伊達政宗はこの七月に二本松を落とし、後の論功行賞での伊達成実は二本松三十三郷を与えられて二本松城主となり、大森城には代わって片倉小十郎が入ることとなった。
「儂の後に入るのがお前でよかった」
成実はいかにも愛しそうに大森の地を見つめている。
「――五郎さま」
思わず小十郎が言うと、成実はにこりと笑った。
「そんな顔をするな、小十郎。城へ行こう。酒が用意してある」
城へ、と成実は言ったが、椿山のそれではなくそのまま山を下りて阿武隈を渡った。奥州街道に出ると、小十郎にとってもこの数年通いなれた大森での道をたどる。大手から本丸への道をたどらず、中途で北へ折れると、山の中腹に館が見えた。空が赤く染まる中、ひとあし先に影となった館への道は、ひときわ濃い緑が続き、夏とはいえ涼しく感じる。
「ここも椿が」
「ああ、多いだろう。縁起が悪いと言うものもいるが、親父どのが切るなというので繁り放題だ。おかげでここも椿館という」
小十郎は興味深げに周りを見回した。主君政宗の南進政策で何度となく本丸には登ったが、平時に成実たちが起居している根小屋を、落ち着いて見たのは初めてな気がした。
座敷へ通ると、成実は上座へどかりと座り、酒肴を運ぶよう命じた。承った小姓が出て行くと、座敷には二人だけになった。
「すまないな。移る仕度で人手が足らんのだ」
こんな中に招くのもどうかと思ったのだが、と成実は続ける。此処に居るあいだに小十郎と飲みたかったのだ、と。
小姓が酒肴を持ってくると、成実はその小姓をも下がらせ、
「一献取らせる」
と銚子を手に取った。
「忝けのうござります」
小十郎が膝行して盃をとると、なみなみと満たされる。
くい、と飲み干し、
「ご返杯――」
と成実の盃に酒を満たすと、すっと元の座に戻った。
そしてふと目線を上げると、成実が空になった盃を手に、こちらを見ていた。
「――片倉」
一瞬、逡巡するような間があり、成実は小さく頭を下げた。
「二本松に移るを厭うて、居残るものもいる。よろしく頼む」
小十郎は目を瞬いた。あわてて頭を下げ、成実が姿勢を直したのを確かめる。
「この景綱、思いもよらぬ果報にての俄立身で家士もありませぬ。五郎さまの御家中ならばこちらより願いあげまする」
成実がほっと和んだので、小十郎も莞爾と笑った。
「なにぶん新参城主でございます。五郎さまはじめ、八丁目の棲安(実元)さまにも頼みいります」
「あんな親父でよければ、いくらでもこき使ってくれ。あれでなかなか狸だからな」
それに頼んだのはこちらだ、と再び銚子を取り上げた成実は小十郎を手招いた。
「こちらへ来い。差しで呑もう」
「いえ、私はここで」
「なんだ。互いに手酌というのもわびしかろう」
呟いた成実の顔が心底つまらなそうだったので、小十郎は思わずふっと吹き出しそうになった。時宗丸と言われていた悪童の頃を思い出す。今でもごくまれにこうして子供らしさが顔を覗かせるのがほほえましい。親類衆の筆頭としていつもはそんなことは微塵もうかがわせないが――成実はまだ二十歳にも届かぬ若さなのだ。
「では、ご無礼を」
膝を滑らせて傍へ寄ると、互いに酒を酌み交わした。
何献重ねたか――。
うわばみの成実だが、今夜は珍しく酔っているようだった。
小十郎も城主になると決まったとはいえ、成実とは家格・序列において大きな差がある。かたや生粋の伊達一門、かたや一介の神官の次男坊。それがこうしてともに酒を楽しんでいるのは不思議な気もする。
月が山の端」から昇ってきた。小十郎はその月に向かって盃を捧げ、呼びかける。
(――お屋形(政宗)さまよ。まこと、小十郎は果報者にござります)
成実が上機嫌で立ちあがり、
「――思い差しに差せよやさかづき――」
朗々と謡い、舞うと、とん、と膝を着いて小十郎を見た。
「おい、片倉よ――。サシといってもな、おれが背伸びしてやっとサシなのだぞ」
首を少し傾げて小十郎の顔を覗きこんだ成実は、真顔でそう言うと呵々と笑って腰を下ろした。
「聞いているのかッ、小十郎」
「はい」
酔いの火照りを頬に感じながら、小十郎は視線を月から成実へゆっくりと動かす。
「良い月に、良い酒です」

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