桃夭

 ずっとそれは不思議でたまらないことだった。
さらわれてきたはずの花嫁と、さらってきた当の本人とが、とにかくやたら仲がいい。
他家へ嫁入りに行く道中を、さらっておいて政略結婚だと言い放った父にも呆れたが――それでいてその実家の岩城家をうまく言いくるめたのにも二度呆れ――本人たちがいたって仲睦ましいのに三度呆れた。
自分も含めて、嫡男に生まれつかなければ、子どもだの嫁だの政の用にたつよう始末を着ければそれでいいものだと思っていたから、それはひどく不思議なことだった。
越後へ行く前の挨拶に行ったとき、そんな疑問が口をついた。兄嫁はなんと答えたのだったか。微笑んだ顔に笑窪ができた。それだけを覚えている。


「……との、もう少し目出度い顔をしてくだされ」
よほど辛気臭い顔をしていたのだろう、伊庭にたしなめられ、実元は苦笑した。
「案ずるな。花嫁が着くときにはそれらしい顔をしてやる」
伊庭がため息をつく。
「仙道のお歴々が、のどから手を出してほしがる伊達家の姫君ですぞ」
今日の花嫁は奥州探題職伊達晴宗が二の姫。奥州に生きるものとしてはこの上ない血筋だ。しかし。
「おれは欲しいと言うておらぬ」 
伊達実元は伊達晴宗の弟である。むつきの頃から知っている姪っ子を嫁だと言われてもぴんと来ない。しかも一城の主だとて要は養子に行きそびれた部屋住みの身。無理に一家をたてる必要もなく、つれづれを慰める女には不自由していない。この年になっても子はなかったが、なまじ子などは行く先の始末をつけてやらねばやらぬ。天文の大乱以後すっかり気力をなくした父の姿を見るにつけ、自分の立場で室を迎え子を得ることなど、ただの面倒事にしか思えなかった。
それが四十路を前にして婚礼をするはめになろうとは。
近頃、当主の晴宗と、血気盛んな嫡男輝宗との間で意見の対立が多く、あわや干戈に及ぼうとしたことも幾度かある。その調停にたちまわっている間に、晴宗から出た縁談。反対すると思いきや、輝宗の方も大賛成で、なにかにつけて反発しあう父子が、ことこの縁談に関してはすっかり歩調を合わせたものだから、家中の年寄たちもこれを父子和合の象徴のように取り扱い、否、というどころではなくなってしまったのだ。
気の置けない場所で本音が覗く程度は堪忍してほしいものだ。
老臣の伊庭はそんな実元を無視して、街道を見やった。

姫を送り届けた使者の姿を見て、実元は軽く眉をひそめた。
「御使者は中野常陸と聞いていたが――」
「恐れ入りましてござります」
平伏した使者は深く顔を伏せる。伊庭が怒って詰問した。
「さても軽く見られたものよ。常陸に障りあらば、他に人もあろうに、よりにもよって又者とは。これは米沢の屋形の思し召しか」
「決して、決して――。中野常陸めは確かにお輿を米沢より預かってござるが、途中急の病にて在所に差し向かい、婚礼の行列ゆえ、米沢に戻るもならず――」
なおも責める伊庭を制し、使者に言う。
「われ等はまだしも、姫に対し、ひいては米沢どのに非礼であろう」
「返す言葉もござりませぬ」
いかに恐縮したとて、伊庭らが怒るのも無理からぬこと。実元自身も十分不快である。せいぜい喜んだ振りをしようと思っていた気も失せようというものだ。
そこへ次の間より
「姫御前さまのお仕度、整いましてござります」
と取次ぎがあり、使者は少し頭を上げ、心底ほっとした様子を見せた。
花嫁の披露とあらば、伊庭らも矛を収めざるをえない。
「名もなき者が輿を届けたとあらば、米沢の名折れにもなろう。名を聞いておこう」
実元が言うと、使者は畏まり
「中野常陸宗時が臣、遠藤内匠基信と申しまする」
「……八丁目西光寺金伝坊が子か」
「左様にございます」
この遠藤基信が後に中野常陸の追討に功を立て、輝宗の宰臣となるのだが、それはまだ先の話である。 
実元以外の者らが平伏する中、花嫁は侍女に手をひかれてしずしずと入ってきた。十八と聞いていたが、やや小柄なせいか年齢よりも若く見える。いずれにせよ、実元にとっては娘のような年齢である。
実元も立ちあがり、侍女を伴って祝言の間へ向かう。
慣例に従って無言のまま、向かい合って座り、式三献の夫婦の盃を交わす。盃を受けるたび、姫の興味深そうな瞳が、くるり、くるり、と動いては慌てて元へ戻る。
膳が出るころには、にぎやかな気配が他の部屋からも伝わってきた。先ほどは険悪と言っていい雰囲気であったが、遠藤は人好きのする人物らしく、うまく打ち解けているようだ。八丁目の出身ならばこのあたりに旧知も多かろう。
膳が下げられ、侍女が下がって二人になった実元と花嫁は、初めてまともに言葉を交わした。
「いく久しゅうお願い申します」
「いく久しゅう――」
つややかな黒髪が白い花嫁衣裳に流れている。
実元が米沢に赴くのは、せいぜい年に数度。奥向きにまで顔を出すのはそうあることではないから、むつきのころから知っている、とは言ってもここ数年はまったく顔を合わせていない。それで記憶にある幼子と目の前の女性が結びつかずに、何度か目を瞬いた。このような花のある娘だった覚えはないのだが。
「何を見ておられますの?」
「いや、嫁御を迎えることがまだ不思議でな」
「……私は嫁すことが夢でしたわ」
真剣な姫の瞳に、実元は軽く笑った。
「貧乏くじをひかせたな。部屋住みの年寄りが相手とは」
「いいえ。伊達の家に生まれたのですもの、お家のために嫁ぐのは当たり前です。そうではなくて――」
嫁した先のとのと仲睦まじく、子をたくさん生むのだと。そして子らを幸せに育てるのだと。そんなことを真顔で言う。おさなごのような夢を大まじめに語られて、実元は思わず目を丸くした。
「叔父上さまは、考えたことがおありではありませんの?」
考えたことがあるわけもない。そんな女子どもの言うようなことは――。
「私、叔父上さまはよく存じあげております。お顔も、ご気性も。でも、こんな些細な幸せを、お諦めになっておられるとは存じませんでした」
諦めている? 意外な言葉を聞いた実元は問い返す。
「嫁御も子どもも、役にたってこその身内ではないかね?」
「そのようなさみしいことを仰せにならないでくださいませ」
そりゃあ、と彼女は息をついだ。
「父も兄も、私を通して叔父上さまを自分の味方にしたいのですわ」
「で、姫はどちらがいいのだね」
「今から考えます。叔父上さまと私にとって一番いいように」
そういってにっこりと笑った頬に、笑窪ができた。ひどく生き生きとした、はじけるような笑顔。
突然、脳裏に言葉がよみがえった。
――いとおしい、という気持ちが生まれるのに、時間がいるわけではないのです。
ああ、そうか。あの時に兄嫁はそう言ったのだった。 そしてこの姫は、その幸せな両親に育てられた幸せな子どもなのだ。
なにより不思議なことには、この幸せな姫の笑顔を見ていると、なにやらいとおしく抱きしめたく――。その不思議にまた姫を見つめ、そんな自分に呆れてため息をつく。つい最前まで婚礼をうとましく思っていたのは一体誰だったか。
「あの、叔父上さま?」
姫が困ったように首をかしげる。実元は目を細め、
「……叔父上、と呼ぶのはやめてくれぬか」
そう言って姫の手を取ると、
「はい、叔父上さま」
姫の返事に苦笑する。
まぁいい。気持ちが生まれるのに時間は要らぬ。後はそれをゆっくりと醸していくばかり――。
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