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茶は知己に逢って喫す

「鮭が食いたい」
  ぽそりと成実がつぶやいたので、小十郎は口にしかけた言上を飲み込んだ。
  評定を兼ねた朝食の会の中途である。
  そのつぶやきかたが、成実にしてはひどく所在なげだったからだろう、政宗が思わず成実を見、そして軽く頭を振った。
  箸を持ったまま、菜(さい)を中途で止めるなど、全く成実らしくない。
  しかも――
「……五郎、その箸に挟んでいる菜は、いったいなんだ」
「む? これか。これはーー塩鮭、だな」
  気がついたかのように答えると、成実は塩鮭を口に放り込んだ。
「うむ、塩鮭だ」
  頷きながら咀嚼する。
  献上品として国から送らせた塩鮭のうち、輸送中に傷がついたものなどをこうして家中で食している。この季節のものは時鮭だが、梅雨が明けて蒸し始めた、京は聚楽屋敷の夏である。鮭の塩気はことに美味しく感じる。
「鮭ならそうして食うておるではないか」
「む。美味い塩鮭だ」
  そう云って食事を進める成実の仕草はもう常のものに戻っていた。

 天正19年の末に執政者たる関白の職とその屋敷である聚楽第を豊臣秀次が襲い、伊達政宗も高麗御陣(文禄の役)からの帰朝後は、聚楽の伊達屋敷で過ごしている。
  一方、秀吉は隠居して太閤となり、伏見城へ移った、とはいうものの、それは形ばかりで事実上の院政をしき、実権を振るっていた。そのようなわけで、伊達家も伏見にも屋敷を与えられ、政宗の重臣でもあり、従兄弟でもある伊達家一の勇将として名高い、伊達藤五郎成実が過ごしているのが伏見の伊達屋敷。。
  それで、成実は談合のたびに伏見から聚楽までやってくる。

 談合が済んで、成実が伏見へ帰ったあと、政宗がため息をついた。
  昨今、関白秀次に対する姿勢の違いや、国元の政をめぐって、二人の意見は一致しない。
  昔から、合戦で見せる姿とは裏腹に、とかく風呂敷を広げたがる政宗を、適度に抑えるのが成実だ。おかげで談合が終わった後に、政宗がよく仏頂面でため息をついているのを、政宗の幼少時からの近臣である小十郎は知っている。
  特にこの頃は、国元に帰れず京に留め置かれているせいもあってか、二人の雰囲気が剣呑なものを漂わせ、激論をしては深いため息を落としていることも再々だった。
  しかし、今日のため息はそれとは異なるようだ。
「五郎のことだが、おかしくはないか」
  政宗が問うてきた。
  飯や菜から気がそれる。常ならば鋭く入る批判の意見もなく、確かめてみればきちんと話を聞いてはいるのだが、どこか頼りない。
「十二分におかしうござりますな」
  それでそっくりそのまま言葉をかえすと、さらに重ねて問いが来る。
「やはりあれが堪えておるのか」
「……それは、堪えておられましょう」
  低い声で答えて、小十郎は目を落とした。
  今、伊達屋敷では、身分立場を問わず、子ができた者がやたらと多い。それも当然、はるばる高麗から帰ってきて、近しい女どもの顔を見て、となれば、することなど決まっている。
  かくして屋敷のそちこちで、腹の大きな女房が立ち働き、赤子の泣く声がひびき、賑やかな活気にあふれている。
  政宗の正室・愛姫にも結婚15年目にして初めての子が宿り、奥州仕置の頃に生まれた兵五郎も京へ呼ばれた。
  成実にも長い間子がなかったのだが、やはり帰朝してから妻の腹に子が宿り、腹をさする手を内から蹴るのだ、と嬉しそうに語っていたのは、ついこの間だ。
「しかし、あやつがああだと、どうにも調子が狂うてならぬ」
  政宗がぼやいた。
  陽気・快活というのは、成実のためにある言葉ではないか、と小十郎はときどき思う。 怒っている時でさえ、からりとどこか陽性で、育ちのよさからか陰湿という言葉とは無縁な漢なのだ。
  場の空気を変える人間、というのがときどき存在し、主の政宗ももちろんそうなのだが、成実も確かにその一人に違いない。政宗をかくぼやかせるほどにーー。
「参るに及ばず、との仰せはお伝えしたのですが」
  政宗はますます渋面になる。
「……結句、五郎のやつは俺を」
信用しておらぬのではないか、という語尾はかろうじて聞き取れる程度の大きさで、せっかくの気遣いを流されたことを、ついひがんで受け取るのは、成実の存在の大きさと、とやこう言っても気持ちの近さのゆえであろう。
  小十郎はそっと苦笑すると、
「ところで、関白殿下より、内々のお沙汰が届いております」
そう言って、懐から書状を取り出した。

 政宗が、茶を点てるから、と成実を呼び返したのは、その夜である。
  はたして、怪訝な顔で成実はやってきた。
  いったい何用なのだ、と成実に問われたが、小十郎はかまわず政宗の待つ茶室へ通し、簡単な懐石を運んだ。
「……客はおれだけか?」
  成実が訊いたのは小十郎にだったが、
「そうだ」
答えたのは政宗だった。
  政宗と成実の前の膳の上には、飯と赤味噌の汁、焼いた魚が並ぶ。
「急なお召しに、小十郎の給仕。何ぞ大事でも」
  箸をとらず、張りつめた声で成実が問うた。
「いや、おぬしと飯が食いたかったのだ」
  政宗はそう言って箸をとった。成実は不満げな表情を浮かべて政宗を見たが、無言のままやはり箸をとった。小十郎は魚を勧めた。
「近江よりよい鱒が入りましたので、新しいうちにと」
「……関白殿下よりの鱒だな?」
  感心せぬ、と成実は汁をとった。政宗が関白秀次と親しむのを、成実はいつも危ぶんでいる。
「とやこう申すな。どこで採れようと、鱒は鱒だ」
  鱒を口に放り込んだ政宗が、少しいらついた声でぴしりと言った。常ならばむしろ成実のいいそうな台詞だ。
「おぬしが鮭が食いたい、と申したゆえ、ともに食おうと呼んだのだ。ここらでは生の鮭は手に入らん。鱒で我慢しろ」
  政宗がそこまで言って、ようやく成実は苦笑して鱒を口に入れた。
「……うまいな」
  ほおばった瞬間、成実は目を閉じてそう言った。
「だろう。今の時期には一番の鱒だ」
  政宗が自慢げに笑った。

 食事が終わり、茶になった。
  小十郎は炭斗を運び、風炉の前に座り直した政宗の横に置いた。政宗が釜を風炉からはずし、灰に月型を切る。
「……ところで、先般儚くなったおぬしの女房どのだが」
  政宗は風炉の炭を調えながら、
「もう、埋葬の場所は決まったのか」
と尋ねた。小十郎は目を伏せた。成実の膝が泣きそうにぴくりと震えた。
「いや、夏場だからな。先に荼毘にふした」
  成実の口調は平静を装ってはいるが、朝の評定の時と同じく、いつもの覇気がない。
  成実の妻は産み月を間近に突然倒れ、みるみる顔色が変じてそのまま不帰の人となったという。
  それで政宗は葬儀や埋葬など一連のことが終わるまで、出仕するに及ばないと云ったのだが、成実が休むことなく聚楽にやってくるのは、
(――気が紛れるからだ)
と小十郎は思う。
  政宗は常からの意見の相違を腹に据えかねて、わかっていながらあのような云い方をするが、とかく男はこうしたことからは逃げたくなるものなのだ。
  通常は土葬にするのだが、国元から遠く離れた京の地、埋葬場所の調整にも時間がかかる。まして遺体の腐敗の早い夏ゆえに、火葬を選んだのだろう。
「……きれいな顔だったので、焼くには忍びなかったがーーおかげで思わぬものを見た」
  成実が目頭をつまんで、息をついだ。
  風炉の中の炭が、ぴしり、とかすかな音をたてた。
「腹の中の子でも、骨というものは残るものなのだな」

 釜が再び風炉に据えられ、さきほど政宗がくべた香木の香りが部屋の中を漂う。しばらくの間、三人は松籟の音を静かに聞いていた。
  風炉にかけた釜から湯気があがり、小十郎は菓子を運んで成実の前においた。氷を模した三角形の外郎に小豆ののった、この季節の菓子――水無月である。
「……五郎を呼うだのは、そのことよ」
  政宗が柄杓で湯を汲む。こぽ、と湯が音をたてる。
「まだ内々の話ゆえ、このような場で云うのだが」
  成実が水無月を切る黒文字の手をとめて政宗を見た。政宗はゆっくりと、言葉をついだ。
「国元へのお暇をくださるるとの、関白殿下の仰せだ」
  成実は目を大きく見開き、確かめるかのように小十郎を見た。
「粟野杢之助より書状が参りました故、ほぼ間違いないかと」
  小十郎は静かに微笑んで頭を下げた。成実の目がじわと潤むのが見えた。
「後は太閤殿下の正式な許しを得るのみ、数日中にもお沙汰があろう」
  建水に湯をあけながら、政宗が云う。
――嗚呼、
  と成実が肩を震わせた。こらえ切れぬ嗚咽が漏れる。
  奥州の土に葬ってやれ、と政宗は云っているのだ。

 ……ぴんと張りつめていた気がゆるんで、感情があふれだすことがある。
  それは相手が誰でもよいわけではなく、またどのような場所でもよいわけでもない。心を許した相手の、まったく普段は気にとめもしないような何気ないいたわり。それがふとしたときに琴線に触れる。
  成実はそんな己を恥じるかのように、懐紙で涙をぬぐい、残りの水無月を口に入れた。
「五郎、」
  政宗が薄茶を出した。赤い目のまま、成実が受け取り、戴きあげた。
「かたじけない」
  喫したあと、ずいぶん長い間、成実は茶碗の景色を眺めていた。
「もう一服、如何(どう)だ」
  政宗が声をかけると、ようやく成実は顔をあげた。
「いや、二服目はおれにたてさせてくれ」
  政宗はしばらく成実の顔を見つめた後、完爾と笑んだ。
「……馳走になろう」
  座を替わる政宗から、
「小十郎、相伴せい」
  急に声をかけられ、しばし戸惑うと、成実からも客座につくことを促された。
  馥郁とした香りを放つ茶碗が、政宗に、そして小十郎に差し出される。
  一口飲むと、さわやかな苦みが喉を通りぬけた。
「おいしうござります。よいお点前で――」
  飲み終わって茶碗を返すと成実が、
「――悔しいが、茶と酒だけは上方のほうが旨い」
と云いながら湯で清める。
  聞いた政宗が、にやりとした。
「上方のものとても、よきものは取り入れてゆかねばなるまいぞ」
「したが、御屋形――」
  茶筅をすすいでいた成実が所作をとめ、政宗を見て反論しかけて、
「いや、……今日はやめておこう」
茶道具に目を戻した。きれいに茶碗を拭き上げ、仕舞にかかる。
「おい、もう仕舞か」
  政宗が意外そうにつぶやくと
「後はこっちだろう?」
成実は酒を飲む仕草をした。一笑した政宗が、よし、では場所を替えよう、と立ち上がり、続いて成実も腰を上げる。
礼をとって見送る小十郎の横を通り際に、
「……礼を言う」
と、声が降った。

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