武辺話聞書 第110話 

 越前の一拍殿に大井田監物と云御使番有。是は元上杉家の浪人也。此監物か孫の語るは、  

 竹に雀の紋は上杉代々の家の紋也。伊達の家に竹に雀の紋を付るは上杉殿より被申請たる故也。其昔越後の国主は上杉房能と号し、越の府内に在城也。其麁流上杉定実、是も越後上条の城主也。永正六年五月上杉家老長尾六郎為景逆心し、其主君上杉房能を雨溝と云所にて討亡。上杉家臣多中に琵琶嶋の城主宇佐美駿河守定行廿一歳なれ共、度々の戦功其名高し。此度千坂・斎藤・本条・金沢・直江等を催し房能吊合戦を思立、則上杉麁流上条定実を大将に取立刻、宇佐美重代の備前長光の太刀を定実に進上。此太刀大わさ物、殊に大剛宇佐美所持なれは定実悦ひ無限。則異名を宇佐美長光と云て秘蔵有し也。其後越後乱治り、然るに上杉定実女子有れ共男子なくて、聟伊達植宗次男伊達兵部とて十六歳に成を、定実孫と云又其生付賢き由聞伝、奥州へ申遣し、彼兵部を定実養子に定る。其砌定実より名乗の一字并宇佐美長光の太刀竹に雀の幕を贈り祝儀を表す。伊達兵部を上杉兵部実之と改名、天文年中既に越後へ参筈の所に、父植宗と兄晴宗と父子の取合起る故、兵部実之は越後へ行事不叶、信夫に止り住す。終に越後に不行。乍去母方相伝故、宇佐美長光の太刀と竹に雀の幕は秘蔵するを、兄晴宗所望にて相渡す。是より伊達家に竹に雀を用る由。宇佐美長光の太刀も伊達家に伝り有由。又簗川表にて右の看経幕取候両人の内、曾田宇平次は隠なき馬数奇にて、勢州神戸下総守友盛馬の名人と聞、形を馬取に窶、三年奉公して其乗形を習、会津へ帰り馬上の名人に成たり。上杉米沢へ所かへの時浪人して、越後村上の城主堀丹後守直寄へ奉公せしと也。又松川口より福嶋口にて働能輩多き中に、青木新兵衛・岡野左内・永井善左衛門を以第一とす。

参照>武辺話聞書

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